ナッチェは狩る
黒猫は弱い。
爪も牙も質量も闘争本能も削がれた愛玩動物の宿命を背負う。
だが、ナッチェは強い。
生まれや育ちが不幸でも、それはギフテッドという祝福に化ける。
否、更なる呪いだとしても、ナッチェはそれを否定しない。
――― 戦闘が始まる。
装備の擦れる音は、敵も武具で武装していることを示し、複数の足音は群れの存在を明らかにする。
統率者がいて、戦術があり、亜人という魔物が知性を持っていることを理解する。
二体の斥候が現れた時、アイシャは右手を掲げて振り下ろす。
『狩れ』
ナッチェは気配遮断と加速を使って、容易く敵の背後を取る。
襲撃者を狩った時と同じように首を横薙ぎ一閃。
それに気付いたもう一体の斥候を背後から強襲し、低い姿勢で足の腱を斬り、余裕を持って始末する。
その手際は幻想的。
だが、深追いはしない。
これから到着する本隊は、ナッチェの手には余る。
一度後退し、岩陰に身を沈める。
敵集団の内容と数を把握して、遠くから小石を投げれば次の獲物が向かってくる。
二体同時。
ナッチェは浮身で後方宙返り。
隊列を直線にすれば同時攻撃はない。
浮身から一転、加速で敵の背後に周り首筋を刃で薙げば、ひとつ、またひとつ、戦果が積み上がる。
自身の真下に浮かぶ術式陣を置き去りに、ゴブリンメイジの脚を払い、詠唱途中のその喉を切り裂く。
鮮やかな殺戮にゴブリンたちは撤退する ―――
絶命したゴブリンの胸から魔石を抉る。
少々濁っているものの、その血は赤くどろりと刃にまとわりつく。
淡々と粛々と魔石を抉る。
切れ味が落ちれば血振りして、その刃を軽く金属棒で砥ぐ。
そうしながらも耳を動かし、索敵を怠らない。
全ての魔石を抉り出し、自分のナップサックに収めた後、戦闘の終了を告げる。
「終わりました」
多分、治安対策委員長のジョンソンならば、『ブラボー』と手を叩くだろう。
たった三回、戦闘に限れば、二戦目。
その異常な適正にシャアリィでさえ、身震いする。
・・・
たった五体だが、圧巻の瞬殺。
ナッチェの戦闘力は、磨けば確実に超一流へと進化する。
だが、ナッチェはそれを望まない。
不測の事態に備えて螺旋杖のヴェールを外していたシャアリィが杖に再び布を巻く。
アイシャも鵺斬の柄から手を離し、戻って来たナッチェの頭を撫でる。
「文句なしだ」
「ジェネラルとの戦闘が見られなかったのが残念だけど、既にきみはルーキーの領域を超えている」
その言葉にナッチェは照れ臭そうに笑う。
「お褒め頂き恐悦至極」
「魔石集めは始まったばかり」
「ご迷惑を掛けますが宜しくお願いします」
律儀に頭を下げて、休憩を提案する。
「今のは不意討ちでしたので首尾よくいきました」
「次は向こうも対策してくるでしょう」
「アドバイスを頂けると嬉しいのです」
アイシャはキャラメルの包みを放り渡し、ジェネラル混成の群れとの戦いを教える。
「ジェネラルの特性は、簡単に言えば波状攻撃だ」
「撤退し、群れを整え、再度仕掛ける」
「今頃、小鬼の補充をしているだろう」
「ナッチェはジェネラルが単体になるまで削るしかない」
「だから休息出来る時は、今みたいにちゃんと休むんだ」
引き締まった表情は、冒険者の貌。
ここから始まる魔石集めの試練は甘くない。
だが、越えられれば、新しい術式獲得という一つの区切りを達成出来る。




