ナッチェは肉を食べる
三人は自分たちのテリトリーである衛兵通りを離れ、領主府通りのレストランに顔を出す。
レリットランスで最も地価が高く、貴族や政府関係者ご用達の高級店が並ぶ。
通りの外れは歓楽街の入り口。
賭博場や高級娼館、女性の店員が客をもてなすバーもある。
言わばレリットランスの富の象徴。
快楽と破滅の綱渡り。
「良い席はあるかしら」
上品な白いパーティドレスを纏うシャアリィが給仕に声を掛け、数枚の銀貨を握らせる。
給仕は上品な笑みを返し、
「少々お待ちを」
その言葉は迅速なサービスを提供するという宣言だ。
細身のアイシャが纏うワインレッドのドレスは、紳士たちの注目の的。
ナッチェはシャアリィから贈られた黒のドレスを上品に着こなしている。
アクセントには赤いアクセサリと口紅。
少しばかり無理している感じが初々しく、可愛らしさを引き立てる。
「窓際のテーブルをご用意しました」
「ごゆっくりお寛ぎください」
席はここだと示すように給仕の男性が椅子を引き、着席を手伝う。
アイシャが食前酒に選んだのは勿論、スパークリングワイン。
チョコレートが幸せの象徴ならば、スパークリングワインは友情と成功の象徴だ。
「多少のマナー違反は気にしないよ」
「好きなものを食べて、強さの報酬を味わいなさいな」
その言葉は毒。
ナッチェは分かっていながら毒を喰らう。
「では、タウロスのステーキを所望します」
牛よりも上質な脂で味わい深く、迷宮産の肉は食の贅沢の極み。
運ばれてきたワインクーラーから、アイシャがボトルを自ら持ち、みっつのフルートグラスに黄金色の酒を注ぐ。
「生存に」
「戦闘に」
・・・「渇望に」
ナッチェの発した言葉にシャアリィとアイシャは顔を見合わせて笑う。
「飢えた黒猫は、次は何が欲しいんだい?」
アイシャは余裕の獅子の笑み。
ナッチェは耳をピンと立て、
「魔石集めを始めたいと思います」
シャアリィはうんうんと頷いて、次の道筋を示す。
「じゃあ、うじゃうじゃいる奴がいいね」
「でもって、刺激的なやつ」
シャアリィの意図を察したアイシャが、顎に手を当て一考。
「一体一に持ち込めば、今のナッチェならば勝てるね」
「それがジェネラルであっても」
二人が選んだのは、ゴブリン。
最も多く初心者を殺してきた魔物であり、状況判断の正確さが運命を左右する。
「仕上げには打って付け」
「アレと戦えるならば、一人旅だって出来るだろう」
「だが、慢心するなよ?」
「一人で出来ることには限界がある」
運ばれてきたステーキで会話は中断され、行儀の良い食事が始まる。
初めて食べるタウロスの肉に、ナッチェは頬を緩める。
(このタウロスを仕留めた冒険者はやはり強いんだろうな)
(でも、私は冒険者になるために戦うわけじゃない)
(強さは旅をするのに必要にして十分であればいいんだ)
(英雄たちと同じ道じゃない)
ゆらゆらと機嫌よく揺れるしっぽを見れば、シャアリィもアイシャも頬が緩む。
可愛らしいだけではない。
賢いだけでもない。
それは夢を叶えるために戦う不屈の黒猫。




