ナッチェは襲撃者を屠る
蛍のような小さな灯り。
それは同士討ちを避けるための浅知恵。
新月に近い闇夜では、自分の存在を明かすだけのもの。
アイシャがナッチェに告げる。
「十二人・・・敵は愚かだが、武装は本物だ」
「一発貰うだけで大怪我、下手すれば死ぬ」
「きみの殺り方はひとつ」
「群れからはぐれたやつを死角から一撃で仕留めるんだ」
「気配遮断、暗視、加速」
「それがあれば、あとは覚悟だけ」
「我々は護衛、キャラバンを守る役目」
「この殺しは仕事、貰う報酬に含まれている」
「いいね?」
いいね、と、問われてもすぐには返答出来ない。
ナッチェは人の悪意に傷付けられながらも、善意によって救われた。
善人の中にも悪意が眠るように、悪人の中にも僅かな善意があることも知っている。
「こっそり隠れて見てるだけでも構わないよ」
「だけど、仕事を終えて堂々と報酬を受け取れるかい?」
「私達と同じ酒が飲めるかい?」
(英雄は自分を試している)
(私の夢が本物かを)
「勿論、殺します」
自分の口の形がおかしい・・・嗤っている・・・ああ、これが戦いの高揚。
ナッチェは独り、闇を駆け、敵の背後に周り込む。
敵陣目掛けて疾走するアイシャは速い。
そして放たれる三節棍の一撃。
一瞬にして四つの小さな灯りが地面に落ちる。
静寂を破る悲鳴、どたばたと響くブーツの音、がらんと転がる武器。
恐怖に逃げ惑う襲撃者たち。
ナッチェは自分の存在にも気付かず走り去った男の後ろを追う。
恐怖の震源地から遠く離れ、息を切らして立ち止まる野盗。
その背後から、首を横薙ぎに一閃。
じわりと零れる血液さえ、暗視を持つナッチェの目には映る。
そして吹き出す血飛沫を軽いステップで躱す。
気配遮断によって抑制された呼吸が胸を締め付ける。
温かな血液の匂いが鼻を掠める。
教えられたわけでもないのに、ハンティングナイフを闇に一閃、血を飛ばす。
(簡単だ・・・そして脆い)
(私は襲撃者よりも遥かに強い!)
自分から飛び込んだ世界は、自分が思っているよりも、ずっと残酷で、ずっと汚く、ずっと苦しい。
それでもこの刃は自分の道を切り開く。
これが英雄殿たちの世界、そして冒険者の世界。
意識しているわけでもないのに、次の獲物の気配を耳が教える。
自然と動き出す脚。
今、為すべきことは狩り。
そしてナッチェ・シュバルツは闇夜では暗殺者!
ふたりめ、さんにんめ、よにんめ・・・。
(私がひとを殺したと知ったら、アレックスは怒るだろうか、オルチェは泣くだろうか)
(エレナはきっと倒れてしまうだろう、エドワードはただ俯くだろう)
それでも耳は敵を探す。
それでも脚は闇を駆ける。
柔らかなブーツは、このためにあったのかと思う程に馴染み、加速の術式はナッチェを自由にする。
まるで獅子が獲物を咥えて運ぶように、アイシャが骸を一箇所に集めている。
客車を守るシャアリィは両手を伸ばし背伸びをしてリラックス。
騎手たちは槍を構えて焚火と客車を巡回し、商人は何事もなくいびきを立てている。
夜が明け、惨劇の結果が朝日に晒される。
討伐数十二人。
襲撃者は誰一人キャラバンに辿り着くこともなく、白銀の猛獣と漆黒の暗殺者に蹴散らされた。
「ナッチェ、頑張ったね」
アイシャに頭を撫でられた所で、こみあげるのは嬉しさではない。
境界線を踏み越えた失意と少しばかりの安堵、そして得体の知れない満足感。
もし、シャアリィとアイシャがいなければ、壊れてしまいそうな胸の痛み。
入り混じる感情の奔流にナッチェは、静かに微笑む。
「いい顔じゃん」
シャアリィは一言、ナッチェに合格を告げた。




