ナッチェは怯まない
塩漬け肉を挟んだサンドイッチ、温くなった水筒の水。
旅の昼食はドラゴンスレイヤーと言えども質素だ。
その落胆を埋めるのが、銀色の包み紙に入っている希望の菓子。
街にいる時でさえ、ナッチェにしてみれば高級品。
旅の途中で味わえば美味しさと嬉しさで目が潤む。
落日までは未だ時間があるが、キャラバンは速度を緩め、やがて停止する。
野営に必要な資源を現地調達するために。
馬が飲む水、一晩の焚火に必要な枯れ木や落ち枝。
それらが揃わなければ、野営も運行もままならない。
建前として乗客は、その義務を負わないが自分の快適な旅路を守るためなのだから、皆、手伝うのがマナー。
万一の降雨に備えて騎手は防水布のターフを張り、馬を繋ぐための杭を打つ。
シャアリィとアイシャはナッチェを呼び、ここでの指示を与える。
「生えている生木は燃えにくいし煙が匂う」
「枯れ木集めをしながら、周囲の地形を把握しろ」
「敵が進行してくる方向に目星をつけておくんだ」
「それと馬、車両、焚火の位置関係も掴んで置く必要がある」
アイシャの指示に、旅の浮かれ気分は微塵もなく吹き飛ばされ、自分が護衛であることをナッチェが理解する。
「了解しました」
・・・
準備万端、落日と同時に焚火の炎があがる。
蒼かった空が夕陽で赤く染まり、それはみるみるうちに紫へ。
そして一番星。
涼しかった風は肌寒くなり、この焚火がキャラバンの生命線であることを知る。
夕餉だけは少しばかり豪華。
それは商人が用意した食材で作られる旅のスープ。
野菜や保存肉がふんだんに入れられ、やわらかなパンもある。
農作物輸送のキャラバンでありながら、乗車チケットが少々割高なのも納得出来る。
そして、護衛にとっては中間報酬とも言うべきもの。
「食事が終わったら、私とアイシャは交代で眠るよ」
「ナッチェは起きるも寝るも好きにしていい」
「但し、襲撃があれば絶対に叩き起こす」
シャアリィの宣言は、当然のこと。
ナッチェの表情が引き締まる。
「娘さん、冒険者になんてならなくても、嫁ぎ先は選び放題でしょうに」
乗客の一人がナッチェにそう声を掛ければ、
「そうですね、多分、幸せに生きられると思います」
ナッチェは自嘲するように言葉を返す。
「じゃあ、なぜ?いや、あまり深い詮索は失礼かな」
続く会話に、
「叶えたい夢があるのです」
と、手短に、少し強く、揺るぎなく答えた。
木々のざわめき、食事を終えて乗客たちは幾分寒さのマシな客車で眠る。
商人たちもすっかり酔いが回り、焚火の温かさに眠りに落ちる。
シャアリィの膝でアイシャは眠り、騎手も又、交代で休息を取る。
そして、ナッチェの聴覚が異物の気配を捉える。
焚火を挟んで、シャアリィ、アイシャ、ナッチェの視線が交わされる。
アイシャは人差し指を立て起きている皆に異常を報せた。
そして小さな声で騎手に告げる。
「賊だ」
「慌てず相方を起こしてくれ」
シャアリィが小声でアイシャに、
「私は客車の護衛に入る」
と、言えば、アイシャはそれを了承し、
「ナッチェ、一緒に来るんだ」
「まずは敵の規模、進行方向を確定する」
「成り行き、ナッチェも戦闘をすることになる」
「ダガーを何時でも抜けるように準備しておけ」
それは即ち、対人戦の予告。
「ナッチェ、この闇夜なら賊のひとりやふたり、きみの敵ではない」
「シャアリィを下げているから術式に誤爆されることもないよ」
「機会があれば思う存分・・・」
『戦え!』
そうだ。
ナッチェは未経験ではあるものの、闇夜であればその能力は、
『暗殺者』
突然に巻き込まれる世界の悪意に立ち向かえなければ、何が皆の幸せか、何が夢か。
アース・スパイダーの恐怖に竦ませた脚は、今、しっかりと地面を踏みしめている。
「了解しました英雄殿!」
その簡潔な返答にアイシャは極上の狂暴な笑みを見せる。
「さぁ、狩りの時間だ」
二人の獣人はダンスに行くような軽やかさで闇を駆ける。




