ナッチェはキャラバンに乗る
キャラバンに乗ったのは三年以上前の話。
グリーンノウズからこの街への片道十一日間の長い旅。
不安と希望が入り混じって、姉の傍から離れられなかった幼い記憶。
甘えていた。
否、まだ甘えている。
そんな回想をナッチェがしている時、アイシャはまるで眠っているかのように目を閉じている。
だが、ナッチェには分かる。
視界を閉ざし聴覚だけで気配を探しているのだと。
・・・
「ええええ、ドラゴン・スレイヤーが護衛、ですか?」
商人が驚くのも無理はない。
旅客専用車両や魔動キャラバンのような重要警護ならいざ知らず、農作物の定期便をシャアリィとアイシャが護衛するなど大珍事。
「えっと、報酬はギルド指定の通りでもよろしいので?」
そう、二人の護衛依頼の相場は一人金貨十枚から、つまり最低価格金貨二十枚と言われている。
農作物の定期便の収益ではとても雇える額ではない。
「はい、勿論」
「その代わりと言ってはなんですが、この子の教育のためのクエストなので、そのへんだけは多めに見て下さいね」
シャアリィが微笑めば、それはチャームの術式に等しい。
二頭立ての御者台、客車、そして貨物車、それが二両。
商人が二人、乗客も二人、護衛は三人。
一両目にアイシャ、ナッチェ。
二両目にシャアリィが分かれて乗る。
「私は護衛任務中は飲酒しませんが、皆さんは気になさらずに飲んで下さいね?」
それを聞いた乗客が、
「じゃあ、これでも如何ですか?」
と、クッキーの缶を差し出した。
シャアリィは一枚摘まみ上げ、
「ありがとうございます」
と、愛想良く振舞う。
快晴、風が心地良くシャアリィの髪を揺らす。
農作物を運ぶようなキャラバンを襲撃するのは、正直、割に合わない。
得られる物は少なく、人外とも言える戦闘力を備える冒険者が随伴する。
そして何より略奪の際には必ず殺傷がつき纏う状況だ。
失敗すれば軽くて賞金首、下手すれば命を失う。
盗賊団のような職業野盗なら別だが、襲撃側はそのリスクを少しでも下げるため、走行中のキャラバンを襲うようなことはしない。
このキャラバンが襲われる可能性は夜。
片道二日の距離で、一度は必要になる野営。
それ以外に食い詰め野盗がキャラバンを襲撃出来る機会はない。
それでも昼間の警備を怠る理由にはならない。
客車の中で護衛が昼寝、居眠りをすれば、雇っている商人は良い顔をしない。
ギルドへの報告で評価を下げられる対象にもなりかねない。
シャアリィにしてみれば、そんな事情など痛痒でもないが、今回はナッチェの教育という目的があるのだから、多少眠くても我慢する。
・・・
一両目では既に酒盛りが始まっていた。
「♪ポプラの並木が見えたなら、その向こうには大正門」
「♪衛兵たちは勇ましく、槍を掲げて出迎える」
「♪ああ、我が街、レリットランス」
「♪この魂が帰る場所」
馬車の揺れは酔いを加速させ、少し音程を外した歌声が周囲に響く。
耳障りな野太い声も、今のナッチェには心地よい。
護衛の緊張を和らげ、それでいて自分が守るべき者達の歌声だ。
「ナッチェ、眠くないか?」
と、目を閉じたままのアイシャが声を掛ける。
「襲撃があるなら夜だ」
「眠気が少しでもあるなら、休息を代わろう」
アイシャの提案に、ナッチェは従う。
「では、お言葉に甘えるのです」
子守歌には少々鬱陶しいが、それでもナッチェは自然に眠りに落ちた。
夜の襲撃に備えて。




