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氷結のシャアリィ  作者: 黒猫テラス運営部
スピンオフ・黒猫の冒険編
597/616

ナッチェは換金する

たった数時間。

それも難度の低い旧迷宮の序盤。

ナッチェの精神的疲労はピークに達している。

しかし、それはナッチェや黒猫獣人が脆弱だからというわけではない。


むしろ、強い。

恐怖しても尚、逃走や気配遮断に頼らなかったのだから。

ナッチェが気配遮断を使えば、シャアリィやアイシャの攻撃で誤爆される可能性だってある。

パニックに陥って逃走すれば、先程のスティンガーの巣に突っ込むかも知れない。


十六才の少女が死線の上に近い場所を歩くのだから恐怖は当然、戦慄上等。

多くの初心者たちが冒す失態をナッチェは回避した。


「さて、今日は引き上げよう」

「魔石はどうしたい?」

「換金して山分けにするか、それとも術式獲得のために魔石を取っておくか」


アイシャの提案にナッチェは首を傾げる。

自分は教えてもらっている側で、魔物を倒したのは自分ではない。

それなのに自分にも取り分があるとアイシャは言う。


「英雄殿?」

「私は授業料を払うべきです」

「今日の魔石は頂けません」


ナッチェの申し出にシャアリィが笑う。


「ナッチェ、冒険者は稼がなきゃ酒もごはんもお預けだよ?」

「まさか、冒険者になったのに私達に酒を奢れとでも?」


そう言われてアイシャの言葉の意味を知る。

等分に分配される戦利品、それを自分で管理しろ、そういうことなのだと。

旧迷宮からの帰り道、穴蔵から遠ざかれば人心地つく。

まだ太陽は高く、午後のお茶にも間に合うだろう。


「本日の稼ぎは、全て換金します」

「自分で稼いだお金でお茶やお酒を飲むのです」


ナッチェは答えを出す。

ギルドで換金すればひとりあたり銀貨十枚と銅貨が幾つか。

地道に魔石を貯めることの難しさ。

魔石だけを手に入れるならば、アレックスの言い分がどれだけ正しいか。

でも、恐怖と戦慄の体験は、『プライスレス』。


シャアリィが後ろ歩きしながら、


「早めに切り上げるのは、いろいろなメリットがあるんだ」

「私達は戦うために迷宮に潜るわけじゃない」

「生きるためにやらなくちゃならないことは山程ある」


冒険者ギルドに向かう前、やり残した洗濯をナッチェは思い出す。


「お洗濯も、お買い物も、食事も、睡眠も、ですね」


アイシャも会話に交じり、


「そうだよ、酒も飲みたいし、お茶だってしたいだろう?」

「それに私達はこんなだけれど、若い娘だ」

「お洒落だってしたくないか?」


時折、見かけるシャアリィとアイシャのドレス姿を思い出し、ナッチェも頷く。


「稼ぐために潜る!」

「英雄なんて肩書は副産物」

「まぁ、氷結龍は頭にきたからぶち殺しただけ」

「極めて単純、私達は間抜けではないが、馬鹿なんだ」


くすっと並んで笑うドラゴン・スレイヤーたち。

迷宮とは全然違う姉のような存在。


・・・


「おかえりなさい、黒猫チーム」

「初戦の成果はどんな感じ?」


受付嬢は魔石の精算皿をナッチェの目の前に置き、ナッチェはナップサックから取れたての魔石を並べる。


「あら、結構稼いだね」

「じゃあ、精算するから少し待ってて」


何を基準にしているのかナッチェにはまだわからないが、十分程で鑑定が終わる。

精算皿に並べられた三十一枚の銀貨と、三十五枚の銅貨。

シャアリィとアイシャは、十枚で束ねられた銀貨の山を摘まみ上げる。


「はい、残りがナッチェの取り分」

「初報酬おめでとう!」


シャアリィが悪戯に笑って、残りの硬貨をナッチェの革袋に流し込む。

生きて戻った者だけが味わえる幸福な時間。


「おう、新人か?」

「稼げるようになったら奢ってくれよ?」

「こいつら、べらぼうに稼ぐくせにケチなんだよ」


シャアリィとアイシャは半目で応じる。


「奢る理由がありゃ、樽ごとでも酒をくれてやるさ」

「歴だけはベテランだな」


と、アイシャが言えば、シャアリィも辛辣に、


「あんたが新人に先に奢りなさいよ」

「今日、デビュー戦だったんだからね」

「昼間っからギルドで屯してないで、迷宮に行っといで」


その遣り取りにナッチェも笑う。

ああ、これが冒険者なんだ、と、新しい世界を受け入れる。


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