ナッチェは迷宮に足を踏み入れる
西門を出て林道を暫く歩けば、山肌に旧迷宮の入り口は突然に現れる。
古びて文字の掠れた看板。
新迷宮と違い、衛兵すらいない異界の入り口。
「私達もここからこの街の迷宮探索を始めたんだ」
アイシャの声でナッチェはびくりと身体を震わせる。
「・・・ここが・・・迷宮・・・」
街で生活していれば全く関わることのない昏い穴蔵。
「ナッチェは暗視持ちだったね」
「どう、動けそう?」
「不安なら不燃カンテラ出すけれど、新米冒険者は普通は松明で潜るんだよ?」
シャアリィの言葉が本当ならば、この異界の入り口に片手を塞がれた状態で入らなければならないことを意味する。
「大丈夫です・・・見えます」
アイシャはにやりと笑って、
「それはいいね」
「じゃあ、潜る前に確認だ」
「本来なら、私が前衛、シャアリィが後衛だけれど、それではナッチェの勉強にならない」
「今回はシャアリィが前衛、ナッチェは真ん中、後ろに私」
「簡単に言えば、きみは観察がしやすくて安全な場所」
「最初の課題は、シャアリィより先に魔物を見つけることだ」
「私はきみたちに要請されなければ索敵をしない」
アイシャの宣言は、無茶ぶりに近い。
シャアリィは術式使いでありながら、その感知能力は桁外れ。
アイシャだからこそ、シャアリィよりも先に魔物を見つけられるが、並みの冒険者ならば斥候職であってもシャアリィには及ばない。
つまり、これは暗にシャアリィに手を抜けという指示だ。
・・・
滑る。
鍾乳石を伝う水分が大量の湿気を生み出している。
だが、ナッチェにとってこの場所を歩くのは苦ではない。
超絶とも言えるバランス維持、力はないが柔軟な筋肉、それがナッチェには備わっている。
「みーつけた」
シャアリィが悪戯っぽく声を出す。
ナッチェには敵の所在がまだわからない。
シャアリィは螺旋杖を構えることもなく、ダガーを取り出し一声。
「撃て!」
アイス・ショットを短縮詠唱。
三メートル程先の下から伸びる鍾乳石の横、闇に溶け込むような藍色の魔物が横たわる。
「ナッチェ、まだ出ちゃだめだよ?」
そう言われ警戒するナッチェの鋭敏な耳に小さな泥跳ねの音が届く。
「あそこにもいます!」
ナッチェが指差した先にも、スティンガーが潜んでいた。
何時もなら周囲を凍結させ一網打尽にしてしまうシャアリィだが、ナッチェの指示で再びアイス・ショットを撃つ。
「次は?」
耳をふにふにと動かしながらナッチェが音を拾う。
「あそこ、と、あそこです!」
シャアリィのダガーから、ストーン・バレットが飛ぶ。
それはど真ん中を撃ち抜く完璧な射撃。
シャアリィに促されるまでもなく、ナッチェが次々と敵の所在を暴く。
シャアリィは指示された場所を撃つ。
「いいね、なかなかの出来だ」
周囲の気配を確認したアイシャから、魔石の説明と収穫指示が出る。
「魔石の位置は魔物の種類によって異なる」
「見当違いな場所を抉れば、余分に時間が掛かる」
「余分に時間が掛かれば活動時間が減り、稼ぎも減る」
「場合によっては窮地に陥ることもあるよ」
「頭、胸、腹・・・抉る場所の候補は三つだ」
「魔石の場所は、その魔物にとって重要な場所にある」
「頭が複数ある魔物は生存率を高めるために頭の全てに魔石があり、体力、魔力が大きな魔物は胸、あまり進化していない魔物は腹」
「さぁ、ナッチェの仕事だ」
スティンガーは見た目からして知能が高い魔物ではないと想像できる。
シャアリィが小さな術式の一撃で倒していることから体力、魔力も大きくはない。
ナッチェはぶにょぶにょとしたスティンガーの腹とも背とも判別の出来ない場所を抉る。
「ありました!」
紫の体液に指先を汚すことも厭わず、ナッチェが取り出した最初の魔石。
「じゃあ、その調子で集めよう」
ナッチェが魔石を集めている間、アイシャは周囲を警戒しながら、進捗を眺める。
取り出した魔石・・・それは小さく、銀貨一枚にもならないもの。
七つの魔石を採取し、ナッチェは安堵の溜息を吐く。
「ふぅ、終わりました」
シャアリィは想像以上のナッチェの働きを褒めたくなったが、ここは迷宮の中。
緊張を解いたらナッチェに危険が及ぶ。
「じゃあ、次の場所に行こう」
三人の進む先は、アース・スパイダーの巣窟。
そこには試練が待ち受ける。




