ナッチェは旅に出たい
それは必然の運命。
冒険者に救われた身であれば、その瞳にも同じ熱が宿る。
「ご主人、女将さん、お願いがあるのです」
愛らしい癖っ毛を指先でいじる仕草。
それは不安を隠す時のナッチェの癖。
十三才で保護されてから、三年。
今やファイヤー亭の看板とも言える黒猫獣人姉妹の妹。
「私、ぱてぃしえーるになる旅に出たいのです」
「つきまして、お暇を頂きたく・・・」
アレックスも、オルチェも、その宣言自体は既に聞いている。
だが、無謀とも言える発言であり、賢いナッチェならそのうちそれを理解するだろうと思っていた。
「なぁ、ナッチェ」
「旅ってのは甘くないぞ?」
「あいつらだって、二人だからやれてたんだ」
「同行者もなしに、行かせるってのは流石に無理がある」
アレックスの言い分は至極真面。
この男がまともなことを言う時、それは正論。
「ああ、一人旅は許可できないね」
「アンタがどれだけ賢くても、世間ってのは厳しいんだ」
「アタシらだって冒険者時代は四人パーティだった」
二人はナッチェの行く手を遮っているわけではなく、ただ、親心として反対している。
頭ごなしにダメだと言われてるのではない。
「一人旅が過酷なことは承知してます」
「でも、やりたいことを抱えたまま動けないのは、とても辛いのです」
「良いアイデアを考えますので、前向きに検討して頂きたいのです」
反対されるのは承知の上。
それでも旅に出たいのだ。
この街には一流のカフェテラスがあるけれど、ナッチェの目標を叶えるにはそれ以上の修行先が必要であり、それを探したい。
でも、それだけではない。
憧れのドラゴン・スレイヤー。
あの二人の煌めきをナッチェも求めている。
でも、シャアリィとアイシャの名を出せば、到底、許可は出して貰えない。
悪い言い方をすれば、あの二人の覚悟と実績は化け物。
人間が出来る範囲を完全に逸脱した本物の英雄。
領主府通りにお遣いに行くのとはわけが違う。
ナッチェは、店の二階の自室で、転がりながら思案しているうちに眠ってしまった。
翌日、昼過ぎ。
からんからんと扉のベルが鳴り、賑やかな声が響く。
「たっだいまー、シャアリィ戻りましたー!」
「おみやげ、何時もチョコだからゼリーにしたよ」
少し間をおいて、アイシャの凛とした落ち着いた声が続く。
「ただいま」
「そろそろ春だね、桜の蕾が育ち始めてる」
英雄の帰還。
「おう、耳あり、耳なし、適当なとこ座ってくれ」
「無事、全部回れたみたいだな」
アレックスは通常運転だが、オルチェは少々機嫌が悪いようだ。
「おかえり、旅、楽しかったかい?」
「それ冷やしとくから、夜、一緒に食べようじゃないか」
シャアリィが敏感に反応する。
「アレックス、オルチェ、また、やらかしてるの?」
図星を言い当てられ、二人はそれを認める。
「まぁな」
「でも、今回のはたいした問題じゃない」
「おまえらに解決を任せるべきことじゃないんだ」
と、アレックスが言えば、オルチェも、
「そうさね、別に仲違いしてるわけじゃない」
「二日酔いみたいなもんだよ」
シャアリィは「ふぅん」と、問題を棚上げして、
「じゃあ、私達は少し家でのんびりするよ」
と、去っていった。




