魔石到着
アンダーロックからレリットランスに帰還したのは、エレナ達との約束がある安息日の前日、正午過ぎ。
大量の魔石を職人ギルドの倉庫に納品するために、アイシャは衛兵に馬車の乗り入れ許可を貰う。
「おいおい、どんだけあるんだ」
「売ったら幾らになる?」
という、下世話な話にもアイシャは例え混じりに対応する。
「過度な贅沢をしなければ、二年くらいは仕事なしで生活できるくらいかな」
思わず口笛を吹く衛兵が、
「流石は英雄!」
「で、加工用の魔石だったな」
「それなら製品販売時に税が載るから、持ち込み税は掛からない」
「あんたらはレリットランス領に籍があるから、滞在税も必要ない」
「但し、これだけの魔石だから職人ギルドまで護衛はさせてもらうよ?」
「あんたらが英雄でも、ルールだからね」
レリットランスの衛兵達は皆、気さくで優しいが職務には忠実だ。
不審者や一見の行商人には特に厳しい。
この世界は、衛兵の匙加減で罪に問われることもあるのだから、良好な関係が求められる。
アイシャはそれをよく知っている。
必要以上に媚びることはないが、他の冒険者のように悪戯に衛兵を挑発したりしない。
「丁寧な対応ありがとう」
その端正な顔で、誠意のある笑顔を向けられれば、男なら誰だって鼻の下が伸びる。
・・・
「待ってたぜ」
「在庫がすかすかだ」
職人ギルドのインジェクター部門担当、トーラスのバリトンボイスが響けば、それは仕事の合図だ。
ナップサックと防水布の風呂敷一杯の魔石の選別が始まる。
ここから始まるのは、色や大きさによって選別し、どの生活魔具に適したものかを仕分けする作業。
「ひゃあ、こりゃ今日中に仕分け終わるかな?」
と、作業する職員が喜びの悲鳴を上げた。
アイシャは、ここから続く長い作業に備えて、少しばかり高級な紅茶の茶葉の大きな缶をトーラスに渡す。
「さっき、そこで買って来たよ」
「ここからが大変だと思うけれど、この街の職人は最高だ」
「その腕前を発揮して、疲れたら茶を楽しんでくれ」
謙虚であること。
それはレオパルドから学んだ経営の哲学。
元々の気質もあるが、シャアリィとアイシャは、皆が喜ぶことが大好きなのだ。
「何時も悪いね」
と、トーラスは言うが、シャアリィとアイシャにしてみれば当然のことをしているだけ。
だが、その当然が当然でなくなれば、彼女達の経済は回らない。
「気にしないでね?」
「頑張るひとは与えられるべきなんだから!」
皆が愉快に笑う世界。
だが、その影には損をしている人間たちもいる。
魔石家具を売っていた商人は、生活魔具によって上客を奪われている。
生活魔具に投資できない店は時代遅れとなり、客を減らし始めている。
技術革命が起きる時には、産業の淘汰は避けられない。
工程が減れば、そこから弾き出される人材も出るだろう。
まだ、普及し始めた段階の生活魔具は人材需要を膨らませているが、経済のパイの恩恵は限られているのだ。
「これで安心して明日を迎えられるね?」
シャアリィの言葉にアイシャは頷く。
「そうだね」
「もてなされる側というのも経験したかったんだ」
「明日は存分に楽しもう!」
勤めた一週間の安息日。
そのご褒美のような明日。
二人は自分たちの『城』へと帰った。




