術式開示とクリーチャー
深層五層フロア全ての魔物をたった三度の戦闘で狩り尽くすという圧倒的な暴力。
塩気の効いたソーセージと少々固いパンでぱさぱさになった口を、氷結魔法の応用で冷やした水筒の水で潤す。
ちょっと遅めのささやかなランチを終えて、口直しのチョコレート。
「さて、残りのフロアはあと一層」
「五層と同じくらい魔物がいれば、フロア全体を狩り尽くすと合計二千個少々か・・・さすがに魔石の属性までは選べなかったけれど、最善を尽くそう」
少しばかり疲労の滲むアイシャ。
フロアを普通に歩いて回るだけならいざ知らず、玄室内まで走り回るのだ。
その消耗は尋常ではない。
「アイシャ、もう少し休もう」
「どの道、夜が明けるまでは旅客車両も動かせないんだ」
「夕暮れ帰ろうと、真夜中に帰ろうと、同じだよ」
シャアリィの言うことは間違いない。
「じゃあ、半刻ばかり眠らせてもらうよ」
「何かあれば叩き起こしてくれ」
アイシャはシャアリィに身体を預け、静かな寝息をたてる。
シャアリィは警戒用にクリーチャーを召喚する。
「出て来い!」
クリエイト・クリーチャーで作られたのは、一メートル程の大きさの長い四本の脚と一対の鋏を持った漆黒の甲殻類型クリーチャー。
「私の傍で待機」
「半径三メートル以内に敵が侵入したら排除して」
まるで蟹のような姿のクリーチャーは発声器官を持っていないのか、両方の鋏を高々と掲げてシャアリィの命令に応じた。
突き出たふたつの目がきょろきょろと周囲の警戒をする様子がユーモラス。
茹でたら美味しいかな、と、シャアリィが良からぬことを考えると、思考が同調しているのか、黒い蟹は少しだけシャアリィから離れた。
「うそうそ、食べないってば」
今まで何度もクリーチャーを召喚しているシャアリィだが、段々と用途に適したモノが召喚されるようになった気がする。
クリーチャーはシャアリィの魔力によって形成されるのだから、当然と言えば当然だが、背中を預けて眠っているアイシャを思えば、声を出さないクリーチャーは有難い。
「なんか見てると愛着湧く」
数十分後には解れて消えてしまうのが残念だ。
そのごつごつとした背中に触れれば、こんなにも存在感があるというのに。
・・・
クリーチャーの護衛に守られながら、アイシャが束の間の眠りから覚醒する。
「うわっ、きもっ」
開口一番、黒くて大きな蟹を見たアイシャは、三節棍を握る手に力を入れるが、シャアリィの様子でそれが敵でないことを察知する。
「その蟹、なに?」
と、問われたシャアリィが、あっけらかんと、
「私の召喚クリーチャーだよ」
「あ・・・そう言えば、まだアイシャに教えてない術式あったんだっけ」
「ごめん、ごめん」
寝起きのストレッチをするアイシャが、
「まぁ、普通、冒険者は自分の手の内全部を相手に見せることはないからね」
「特に害のないスキルなら、別に秘匿したままで構わないよ?」
そう言われても、シャアリィの場合、使い所を誤れば大惨事、或いは前以てアイシャが知っていれば戦術の幅が広がるという類のスキルばかりなのだ。
教えればドン引き確定のスキルも幾つかある。
「時間のある時にと言いたいところだけど、根源転換術式だけは全部開示しておく必要があるね」
アイシャが瞠目する。
「シャアリィ、氷結と土石の他にネクロマンシーまで使えるのか!?」
水、氷結だけでもその力は規格外だと言うのに、さらに土石の属性持ち、その上、根源転換術式まで備える自分の相棒。
シャアリィはアイシャにとって守護天使だが、その力は真逆。
破壊の化身。
コラプション、デコンポーズ、ジャミング、カースシャドウ、カースサークル、クリエイトクリーチャー、ファントムムーブ、ヴェンジェンス、そしてリバース・ボディ。
そのどれもが破壊と再生に特化した陰根源転換術式。
そして、術式を開示する時、シャアリィが思うのは何時も、『受難の聖女』のこと。
「これでも、アイシャの妹には勝てない」
「あの子と一度エキシビジョンで戦って完全敗北してる」
アイシャは理解した。
二つの龍殺し、三つの迷宮踏破、四つの名有り討伐。
それはシャアリィがいなければ不可能だった実績。
「さぁ、じゃあ仕上げといこうか」
アイシャの声に呼応して、シャアリィは可愛く返事をし、クリーチャーは鋏を掲げた。
そして、直後、ユーモラスなクリーチャーは解れて消える。
「ありゃ、時間切れね」
その間の悪さに、アイシャは思わず吹き出した。




