シャアリィの結界魔法
安息日。
シャアリィが前日から各所を回り買い込んできたものがファイヤー亭に持ち込まれる。
「closed」のプレートの上には、本日貸し切りの張り紙が貼られた。
これは、シャアリィの料理が外部に与える多大なる影響を先読みして貼られる結界のようなものだ。
関係者以外立ち入り禁止という厳戒態勢の中、料理は始まる。
一人目の被害者。
それはこの店の主であり、最初に調理に気付くアレックス。
「あああ、まずいぞ、オルチェに何か食わせなきゃ」
シャアリィの料理は強烈な吸引力と共に食欲を煽るのが問題。
異常を察したアレックスは、これからオルチェの腹ペココントロールという大役を負うことになる。
家中から甘い物を搔き集め、少量づつ断続的にオルチェに与える必要がある。
そして食欲魔人となったオルチェの徘徊が始まる。
「ああ、あの料理だ・・・あんた、適当に甘いものをくれ」
同じくファイヤー亭の一室で目を覚ましたナッチェは、無言で財布を取り出し、「黒猫のテラス」に駆け込む。
その決断の速さは歴戦の冒険者そのもの。
今、食欲の爆心地であるファイヤー亭、その食欲結界の内側にいては、自身の耐久力が怪しい。
恐らく料理の顕現は日没後、約一時間。
幸いにして今日は買い出しの必要もなく、その時間に帰宅すれば食欲に汚染されることなく美味しい食事を楽しめる。
アイシャはシャアリィの料理に付き合わなければならない。
だが、その懐には常にマジックポーションたる、チョコレートやキャラメルを隠し持つ。
それはドーピング。
シャアリィの料理の脅威に抗うために最低限必要な食欲耐性の獲得。
次なる被害者は、近隣住民だった。
折しも昼食前の時間帯、ファイヤー亭の換気窓から放たれる薬品めいた無色の空気は、内臓という内臓を食欲に向かわせ、安息日で閉ざされた店舗の前、怨嗟の眼差しで『本日貸し切り』の張り紙を睨む。
そして、食欲の爆心地に現れた男女が禁断の扉を開け放つ。
だが、彼らの目的はファイヤー亭の調査でもなければ、食欲結界の解除でもない。
むしろ、逆。
つまりはシャアリィが撒き散らす食欲暴走をさらに加速させるための従僕。
「こんちわー、シャアリィさん、アイシャさん、俺に手伝えることありますか?」
その成長しきっていない身体には真っ直ぐな眼差し。
もう一人の従僕たる細身の女性もまた、琥珀の魔女の手先となる。
「足りないものがあれば買い出しに行ってきますよ?」
大魔法の準備の第一段階が終わった琥珀の魔女が、妖しく光る金色の目で役目を与える。
「お約束のように買い忘れたケーキの調達をお願いするよ」
と、第二の従僕、オリビア・キャナリィに命じ、甘味の召喚に必要な触媒である「金貨」を渡す。
琥珀の魔女の料理は自らの精神をも蝕む。
チョコレートを口にしなければ、この結界の中では自由に動くことも叶わなくなる。
アイシャからチョコレートを受け取った勇敢な少年は、迷いなくそれを口に放る。
「うまい!」
その強烈にして幸福をも想起させる味わいがなければ、この場所で行動することは無謀。
ドーピングを施した少年は、目の前にある大量の玉ねぎを微塵切りにする。
その手際は少年の年齢を考えれば卓越しており、彼が料理人の修行をしていることは明らか。
白銀の猛獣は、この大魔法を支えるもう一人の主役。
その手が生み出すのは至高の揚げ物の数々。
二人の手際、そして大魔法を構成する様々な要素を次世代の料理人たる少年マリウスは検分する。
何が必要で、何が重要か。
琥珀の魔女は、大魔法の根幹たる思想を開示した。
「おいしくなーれ、おいしくなーれ」
少年の目に憧れの炎が灯る。
その数時間後、ファイヤー亭のテーブルの上に大魔法『スパイス・スープ』が完成した。




