遠慮はいらない
そろそろファイヤー亭の開店時間、日没。
お金に対するアイシャの記憶の穴埋めが終わった所で、シャアリィが考えているのはレリットランスの面々との顔合わせだ。
「シャアリィ来ましたー!」
と、元気に扉を開ければ、そこにはアレックス夫妻、黒猫姉妹、キャナリィ親子。
幸いにして、まだ、来客前。
アイシャも怖気づきながら扉から顔を出す。
「えっと、こんばんわ・・・」
一度に六人の視線を浴びて、アイシャの身体が強張る。
が、オルチェが無言のままアイシャを抱き締める。
「おかえり、アイシャ」
「アタシはオルチェ、アレックスの女房でここの女将」
「ここはあんたらの居場所に間違いない」
「アタシらも時間を掛けて新しい関係を作るから、何も遠慮はいらないさね」
まるで親戚のように自然な振る舞い。
アイシャの眦に薄っすら涙が溜まる。
「ありがとう、オルチェ」
「あったかいなここは」
まるで順番を待っていたように、黒猫姉妹がアイシャの前に来て、その手を一つづつ握る。
「姉のエレナです」
「私達姉妹は、アイシャさん、シャアリィさんに救われてここに来ました」
「今度は私達がお返しをする番ですから、何でも頼って下さい」
少し小さな黒猫の獣人が、もうひとつの手を握り、
「妹のナッチェです」
「お姉ちゃんの言う通り、私達に出来ることがあれば何でも!」
「お二人は私達の英雄なのです」
黒猫姉妹はゆらゆらとしっぽを揺らし、身体全体で親愛の情を示した。
「オリビア・キャナリィです」
「まだ、お二人との縁は浅いのですが、良くしてもらってます」
「私にも何か協力させて貰えればうれしいです」
母の後で、少年がアイシャに笑顔を向ける。
「俺は、マリウス」
「男手が必要な時は任せて下さい」
「未熟者ですが、お二人に憧れています」
皆の自己紹介が終わり、アイシャは満面の笑みを返す。
「皆、ありがとう」
「こんなに大切にされていたんだな」
「否、もっと縁を深めるように今日から励むとしよう!」
視線をアレックスに向けて、アイシャが頭を下げる。
「過去の私の功績に甘えないようにするよ」
「こんな素敵な居場所を作ってくれてありがとう」
アレックスは照れながら、
「俺とオルチェ、んで、もう一人、後から来るエドワード」
「リーダーのザックは死んじまったけれど、皆、世話になったんだ」
「恩返しなんて大したことは出来ねえけど、お前らがいなきゃ、こんなに賑やかな店にはなってないさ」
「だから、ここではありのままでいい」
アイシャは思わず零す。
「ありのまま、か」
「そうだな、私はありのままでいるよ」
「過去にこだわらないし、これからも私でいる」
「だから、皆も、気を遣わないでもらえると嬉しい」
シャアリィは知っている。
アイシャは律儀で、真面目で、正直なのだ。
自分とはかなり価値観も違うし、それこそが自分の好きなアイシャだ、と。
「まぁ、座りな」
「で、飲め、食え、金を使え!」
オルチェが笑いながらカウンター席の端っこの椅子を引く。
どうやらここに座れという意味らしい。
シャアリィとアイシャは、素直にオルチェの誘導に従って席に座る。
厨房から香ばしい匂いが漂ってきて、アイシャの食欲を刺激した。
まだ、注文もしていないのに、目の前に串に刺さった鶏の焼きものが皿に盛られて出される。
「コレは俺からのサービスだ」
アレックスはにやりと笑い、扉のベルが来客を報せる。
「ラッシャイイイイイイイイイ」
オルチェの勇ましい声で、ファイヤー亭の営業が始まった。




