マイ・ストア&マイ・ホーム
シャアリィが足を止めたのは、生活魔具を扱う店。
老舗、繁盛店が並ぶ衛兵通りの店でも一際新しく、綺麗な建物。
その硝子の扉を開けて、シャアリィが店長と思しき女性に声を掛けた。
「キンバリー支配人、順調ですか?」
「まぁ、見ればわかるほどに順調なんでしょうけれど」
温和な笑みを湛えた上品な女性は、店舗の内装と同じような真っ白なミニ・ドレスを纏っており上流階級の貴婦人を思わせる。
「ええ、問題はありません」
「おかえりなさい、スノウ副商会長、セロニアス副商会長」
「お気づきのことがあれば、何なりと」
副商会長・・・そう言えばマーメイド商会の副商会長という立場だということにアイシャも思い至る。
店内を眺めれば整然と並ぶ道具らしきものの数々。
アイシャは初めて見る生活魔具に目を奪われた。
製品の横に置かれたパンフレットを見て、それが普段使う様々な道具を魔石で動かす画期的な仕組みであることを理解する。
「これが、私達の販売している商品だよ」
「遥か南の絶海の諸島群エンダーベルトの技術とレリットランスの家具職人の腕によって作られる最高の生活魔具」
「今はまだ高いけれど、そのうち流通や仕入れが安定すれば、価格はもっと下がって、皆の手に届くようになる」
「これも私達が成した冒険のひとつだね」
アイシャは店内を回り、自分の指先でそれをひとつひとつ確かめる。
空調、冷蔵、照明、温風、炊飯、洗濯、乾燥のような一般向けの他にも、微塵切り、製氷、冷凍などの業務用もある。
シャアリィはアイシャが製品を見て回る間、キンバリーにアイシャの状況を説明した。
まだシャアリィやアイシャとの付き合いも浅いキンバリーへの影響は少ない。
「アイシャ、鍵を出して?」
「アイシャの持ち物の中にあるはずだから」
そう言われ、アイシャは使途不明な鍵をシャアリィに渡す。
「じゃあ、キンバリーさん、私達は自室にいますので、何かあれば声を掛けてね?」
シャアリィの挨拶に深く腰を折って貴婦人は頭を下げた。
その優雅さに目を奪われながらも、アイシャはシャアリィの後に続く。
アイシャの渡した鍵は、店舗の隣にある扉の鍵だった。
そこはミヤマの屋敷と同じような作りで、ブーツを並べる仕切りも用意されている。
土間だ。
そして、その先は階段に続く。
どうやらブーツを脱いで二階に上がるらしい。
手摺の用意された階段は負担が少なくなるように段差が大きくない。
階段の終端にあるのは、半回廊。
半回廊に面して一つの扉がある。
シャアリィがそれを開けば、そこには良質でベッドの代用としても使える大きなソファが一脚と大きなテーブル、そして向かいには一人用のソファが四脚。
キッチンと収納庫、高級な酒が並ぶキャビネット、数十冊の本が収まる書棚。
つまりは極上の応接室があった。
東側と南側にはそれぞれ小窓が幾つかあり、それを覆うカーテンを開ければ暖かな日差しが入って来る。
「おかえりアイシャ」
「ただいま私」
シャアリィはそう言うと、荷物をその場に降ろし、大きなソファー目掛けて飛び乗る。
二人の不在の間も、手入れがされている部屋は貴族の邸宅にも劣らない。
「ほら、アイシャも好きなとこ座ったら?」
「寒かったら空調付けて?」
唖然とするアイシャは、おずおずと床に荷物を降ろし、一人用のソファの一つに腰を下ろす。
「これが・・・私達の家?」
「ちょっと待って・・・立派過ぎない?」
「こんなものどうやって・・・ああ、そうだった」
自分達の成した冒険を考えれば、この程度、造作もないだろう、と、アイシャも気付く。
先程店舗で見た空調機の操作板のつまみを動かせば、やわらかな風が吹き出し、温度調節のつまみでそれは温風に変わる。
「ああ、やっぱり、我が家はいいねぇ」
と、シャアリィがソファに顔を埋めたまま、脚をバタバタさせれば、アイシャの口から小さな笑いが漏れる。
「お茶淹れようか?」
「私もこの家に慣れなきゃだし、いろいろ、触ってみるよ」
アイシャはそう言ってキッチンで紅茶の茶葉を探す。
すぐに茶葉も砂糖も見つかったが、お湯を沸かすための魔石家具もなければ道具は鍋しか見当たらない。
「えっとね、テーブルの上にあるのが湯沸かしポットだよ」
と、シャアリィに言われ、書棚においてある取り扱い説明書を見ながら、お湯を沸かす。
「水を入れて・・・沸騰ボタン・・・え、これだけ?」
「えっと、蒸気の圧力で自動で沸騰が解除される?」
「なるほど・・・だから、水を入れずにボタンを押しちゃダメなんだね」
湯沸かしの魔具には事故防止のために、温度上昇で回路が切断される機能もある。
だが、一度回路が切断されると復旧には交換部品が必要になるので要注意だ。
面倒くさがりのシャアリィでも、これなら自分からお湯を沸かせる。
・・・何故、シャアリィが面倒くさがりだと知っているのだろうか。
アイシャが時折感じる直感のようなものは、多分、記憶の一部なのだろう。




