耳あり、耳なしの英雄と居酒屋
「おう、耳あり耳なし!おかえり!」
「今回はちっとばかり長く出掛けてじゃねえか?」
仕込み最中のファイヤー亭。
シャアリィにすれば何時もの光景だが、アイシャにしてみれば初めて見る場面だ。
それに気付かないアレックスは通常運転。
「ただいま!」
「今日はちょっとばかりね伝えておきたい事があるんだ」
と、シャアリィが言えば、アレックスの手が止まる。
そしてシャアリィとアイシャを見れば、何時もと雰囲気が違うことに遅蒔きながら気付く。
「どうした耳あり?」
「元気ねえじゃんか?」
アイシャは正直に自分の現状を打ち明ける。
「冒険の最後でトチって、記憶を無くしてしまったんだ」
「今の私にはあなたのことがわからない」
「最初はシャアリィのこともわからなかった」
アレックスは言葉を失う。
「おい、シャアリィ・・・また悪戯の仕込みだったら許さねえぞ?」
「記憶喪失って・・・マジか・・・」
シャアリィは珍しく真剣な顔でアレックスに、
「冗談や悪戯なら、よかったんだけどね」
「だけど私はもう状況を受け入れているよ」
「それに回復の見込みはゼロじゃない」
「どのみち、私はアイシャとずっと一緒に生きるって決めてるからね」
「だから、状況だけ理解してね」
「大袈裟な配慮は必要ない」
これから直面するだろう擦れ違いを無くすための最小限の頼みを告げた。
アレックスは少しばかり思案した後、自分自身の最適解を出す。
「よし、わかった」
「二人と会った頃に戻っただけの話だな?」
「うちの連中には俺から説明しておくよ」
「アイシャ、大変だったな」
「俺がお前らに返せるものは、料理と酒くらいしかねえけど、何時でもここに来てくれ」
「困り事があれば、俺でもカミさんのオルチェにでも相談してくれ」
「まぁ、お前さん達のことだ・・・俺らに相談するより、ずっといい方法を自分達で見つけちまうだろうけどさ」
アレックスの言葉は、アイシャの胸に温かく届く。
「えっと・・・アレックス」
「きまずい思いをさせてしまうこともあるが、これからも宜しく頼む」
「無作法があれば遠慮なく叱ってくれ」
微笑むアレックスを見て、アイシャは少し安心する。
自分はここにも居場所があったのだなと、記憶の追体験を味わった。
「また、夜、ご飯食べにくるよ」
「自分の家より先にここに寄ったから、荷物も置けてないし」
「それにお店のことも気に掛かる」
シャアリィとアイシャは、半年ぶりの自宅へと向かうことにした。
繁盛店が並ぶ衛兵通り、道行く人々は時折、シャアリィとアイシャに手を振る。
シャアリィが小さな身振りでそれに応える。
「私達のことを知ってる人が多くて驚くでしょ」
「私とアイシャ、んで、今日、夜会えると思うけれど、もう一人エドワード」
「三人で、この街の迷宮を踏破したんだ」
「だから、私達はこの街の小さな英雄」
「ほら、あそこ」
シャアリィが指差す場所には、大理石のモニュメントがある。
アイシャがそれに駆け寄って刻まれた文字を確かめる。
「レリットランス迷宮踏破記念碑」
「踏破者アイシャ・セロニアス、シャアリィ・スノウ、エドワード・ルッツ」
「・・・凄いね、本物だ」
「私の名前も刻まれている」
カタチとして残る冒険の痕跡。
アイシャの身体が震える。
「そう言えばね、アーシアンにも同じような記念碑があるよ」
「私とアイシャの名前が刻まれたやつが、中央公園にね」
「だから、顔を知ってる人は少ないけれど、名前を知ってる人は結構、多いんだ」
「当然、今回踏破したザグレブホーンにもあるよ」
歴史に自分の名前が残っている事実は、アイシャの心に火を点ける。
「そうか・・・私達は、本物の英雄になったんだな」
シャアリィは追い討ちを掛けるように、
「そうだよ・・・冒険者ギルドに行って名前を出せば、皆が振り返り、手を止める」
「二つの竜を殺し、三つの迷宮を踏破し、四つの名有りを討伐した、正真正銘、当代最強の冒険者、白銀のアイシャ、琥珀のシャアリィだもの」
くるくると回って、アイシャのしっぽを愛でる。
アイシャの瞼の裏に過る、冒険の帰り道の風景。
「シャアリィ、私はあなたと冒険をした」
「全部はまだ思い出せないけれど、何時も賑やかなあなたの姿を思い出した」
溢れる涙。
シャアリィがそれを指でそっと拭う。
「英雄は泣いちゃだめ」
「可愛いのが台無しになっちゃうからね?」
アイシャは思う。
この少女は自分にとって本物の天使なのだ、と。




