追体験の始まり
車窓から衛兵にシャアリィが手を振れば、いつも通り槍を突き上げて帰って来る挨拶。
「おかえり、アイシャ、シャアリィ!」
その笑みは、二人の聖域に相応しい歓待。
シャアリィとアイシャはキャラバンを下車し、衛兵に挨拶を返す。
「ただいま」
衛兵の一人が違和感に気付き、シャアリィに尋ねる。
「アイシャ、具合悪いのか?」
そう問われても、ここでは本当の事は言えない。
シャアリィはにやにやと作り笑いをしながら、
「珍しく馬車酔い?かもね」
「私が一緒だから大丈夫だよ」
「皆は持ち場に戻らないと隊長さんに叱られるよ?」
多少の気まずさを残して、衛兵は「またな」と気さくな言葉を残して去った。
十一月の半ば。
枯葉も舞い、そろそろ初雪も降るだろう。
「じゃあ、行こう」
「まずは、私達の愛するカフェテラスへ」
シャアリィのはしゃいだ声にアイシャも顔を綻ばせ、一歩後ろを着いて歩く。
可愛らしい黒猫の看板。
随分と高級そうな店構え。
そしてオープンテラスには畳まれた日傘。
「いらっしゃいませ、アイシャさん、シャアリィさん」
店員に名前を呼ばれ、アイシャはどきっとする。
自分が知らない相手が自分を知っているのには、理由があるのだ。
「店長、英雄の帰還です」
店内から響き渡る、沢山の「いらっしゃいませ」が、自分が特別な客であることをアイシャに教えた。
「今日はどちらの席で?」
店員がそう聞くくらいに、風はもう冷たかったが、シャアリィはオープンテラスの席を指差した。
アイシャにはその理由が分からず、思わずシャアリィのコートの裾を引っ張る。
「あの席、寒くない?」
シャアリィも、そう言われることを予想していたけれど、
「あの席は特別なんだよ」
「座ってみればわかるかもね?」
硝子の引き戸をあけて、店員が二人の着席を案内してくれた。
綺麗な細工の施されたテーブル。
金枠のメニュー板が置かれ、店員がオーダーを待つ。
「今日は少し大人に、珈琲」
「でも、少しだけ砂糖とミルクも!」
「それとアップル・シナモン・パイ」
メニュー板を見ることもなくオーダーするシャアリィに対し、アイシャ少しばかり時間が掛かると店員に告げて、
「私はラズベリィの紅茶」
「それとチーズ・ケーキ」
アイシャのオーダーが終わると同時、シャアリィが、
「ケーキとパイ、少しづつ交換しようね?」
アイシャに提案し、断る理由もないアイシャは、勿論、と返す。
・・・
目の前の衛兵通り。
斜向かいにあるのは冒険者ギルド。
きっと、自分達はこの場所で何時もお茶を楽しんでいたのだろうと、アイシャにも想像がついた。
少しばかり肌寒い風の中で、上着も脱がずにお茶を飲むなんて、どうかしているとも思ったのだが。
「ここから見える景色、私はすごく好き」
肘をついてオーダーを待ちながらシャアリィがアイシャに視線を送る。
生活感に溢れた通りには人の流れが絶えない。
この街の空気感を初めて味わうアイシャも、それを見れば少し楽しくなる。
運ばれてきた飲み物、デザートは信じられないような美味。
「じゃあ、隠し玉を出しましょう」
シャアリィが硝子戸の向こうの店員にチョコレートを注文した。
上品な銀色の包みのそれが、ひとつづつ、シャアリィとアイシャの前に置かれる。
「食べてみて?」
シャアリィの言葉に誘われるまま、アイシャはチョコレートを口に含む。
ゆっくりと広がる甘味、それを引き立てる苦味と酸味、そしてミルクとカカオの香り。
これは極上、たかがチョコレートとは言わせない程の味わい。
口の中の余韻を存分に数分掛けて味わい、アイシャがそれを飲み込む。
「・・・すごいチョコレートだね」
「大袈裟じゃなく、本当に感動するくらいに美味しい」
初めて食べた時には、そう感じるだろう。
「これが美味しく感じなくなってしまったのが、無謀な冒険の始まりだったんだよ」
「私もアイシャも、贅沢になり過ぎていたんだ」
「欲しいものは何でも手に入るし、行きたい場所には何処にでも行ける」
「どんな街に行っても、名前を出せば皆が驚く・・・それが私達」
シャアリィの微笑みが意味するのは何か。
アイシャはただ、失ってしまった自身の旅路を追体験することに胸がときめいている。




