悪党の矜持
一般的な冒険者が成人直後の十五才から真面目に鍛錬をし続け三十に至る頃に到達するレベルが百と言われる。
素養のあるものならば、それは二十才台前半にまで前倒しされるが、現在のアイシャのレベルである百八十という値は、普通の鍛錬では生涯を懸けても得られるレベルではない。
命の遣り取りをするくらいに強い魔物と毎日のように戦い続けなければ到達できるものではない。
シャアリィから聞かされなければ、エンダーベルトで特級ゴーレムを半年も狩り続けたなどとは思うまい。
自身の記憶にあるのは、レベル百二十が見えてきた辺り。
アイシャの場合には、四才から成人という子供の成長段階の中に鍛錬が組み込まれていたことが大きい。
百を超える辺りまでは、それこそ数日のうちにレベルがあがったこともあるだろう。
レベルアップに必要な経験というのは、剣を振るうという一つの動作でも、木偶に向かうのと自分よりも強い魔物と実際に戦うのでは雲泥の差がある。
それでもセロニアスの集落を出る頃には、レベル百を超えていたのだから、流石は獣人の王の血。
流石は武芸に生きることを目的とした歪な結晶。
だが、今、アイシャが感じている無双感は、自身の生い立ちだけでは説明の出来ない強さ。
常人ならば両手でやっと振れる鵺斬を片手でも自在に操ることが出来る。
彗星棍に至っては、それは既に腕指の延長だ。
「悪党を存分に叩きのめせるのは気分がいい」
その無双感は少々危うい思考に繋がる。
この場にいる皆が、酷い裁きが必要な程の悪党とは限らない。
しかし、盗賊ギルドなる組織に足を突っ込んだならば、生半可に許すつもりもない。
結局は正義ではなく、自分の都合だ。
目覚めてから、まだ、ろくに武具を振るっていなかったのだから。
使命感でも義務感でもなく、ただ、今、己の身体がどのように動くのかを確かめる。
自身が知らない六十レベルもの差が何を意味するのかを理解するために。
こんなにも神経が研ぎ澄まされ、剣筋は精妙になり、身体は軽い。
宿で鍛錬の真似事をするだけでも相当に違うと感じていた、その差が明白になる。
「成程、私は強くなったのだな」
「否、強くなった私ですら殺す程の敵と戦ってしまった」
「それが正解か」
酷く冷めた結論。
パーティ・メンバーに救われていなければ復活は叶わなかった。
無双感は消え失せる。
「殺すならば、殺される覚悟を持て、か」
師の言葉は真理。
敵、味方関係なく、ここにいる誰もに共通する。
アイシャの脳裏に過る一つの場面。
それは自身が乗り合わせたキャラバンでの盗賊団撃破の記憶。
「そうか、こういうことも初めてではないの、か」
シャアリィの話によれば、自分達はアーシアン連合国を縦断、横断しているのだから、そういうこともあっただろう。
腑に落ちただけで、感慨はない。
「ここにも、大物はいないようだ」
「手早く片付けて他を探すとしよう」
独り言にしては大きな声だが、アイシャの言葉が届いた者はいない。
悪党たちはただ自分の命を守るためのことに頭を支配されている。
一つ、また、一つ、扉が用を為さなくなる度、確実に静寂へと近づく。
アイシャはルーティンワークのように見つけた敵を狩り続ける。
「どうして親玉たちの身柄を差し出さない?」
「居場所を言えばいいだけじゃないか」
アイシャに芽生えた疑問。
他人から平然と奪う人間のくせに何故、それに対しては口を閉ざすのか?
「どうして?だと?」
「こんな殺し方をする奴は、俺たち以上の外道だろ」
「どうせ約束など守りはしない」
「ならば居場所を用意してくれた奴の方がマシさ」
「何もかもお前の思うままなんて、御免だね」
アイシャは鼻を鳴らす。
「ふふん」
「飼い慣らされては野良犬にも劣るな」
「だが、そういう抵抗は嫌いじゃない」
「ちゃんと親玉も始末してやるさ」
即死は避けているが、助かるような者もいない。
助かったとしても悪事はおろか、働くことなど夢のまた夢。
やるべきことを果たして外に出れば、月がわずかばかり落ちていた。
そして、待ちかねていたかのように、金色の瞳の少女がいる。
「肩慣らしは済んだ?」
そう言って微笑まれれば、自然とアイシャの顔にも笑みが満ちる。
「ああ、あなたが、わたしが、望む姿になっていたよ」
二人は、違和感のある小さな廃屋へと向かう。




