悪党も地獄には行かない
灯りもない小さな家屋。
シャアリィが見つけたのは、どう見ても廃屋と思しき建物。
「・・・何故、この建物の前だけ雑草が少ない?」
違和感。
林間の集落のような場所では、人が通らなければ悉く草木が茂る。
どうやら何か仕掛けがあるようだ。
だが、シャアリィには罠の類の知識はなく、アイシャのような人間離れした身体能力もない。
そしてアイシャが教えてくれた生存術に従えば、単独で踏み入る場所ではないと思考が及ぶ。
「あとからにしよう」
シャアリィの術式・・・例えばフローズン・キャノンならば、小さな廃屋程度跡形も残らず吹き飛ばすことくらい造作もない。
だが、今、自分達がしている探索は、ただの殲滅ではなく、アイシャの腕慣らしだ。
それを考えれば、自身の魔力温存が正しい。
こんな廃屋を吹き飛ばすために魔力の半分以上も費やすのは、合理的ではない。
そう決めれば、残党がいそうな建物も限られる。
アイシャが戦っているであろう建物の裏手、居住用の建物らしき少し大きめの屋敷。
先程、クリエイト・クリーチャーに使った魔力を補充するために、魔力回復剤を飲む。
「一周回って美味しく感じる、とか、なればいいのに」
耐性が付かないからこその良薬だとは、シャアリィにはわからない。
身体に効果を発揮する物質は、総じて使用に応じて耐性が付いてしまう。
つまりは『依存症』だ。
そうなれば当然、使用頻度や高純度のものを摂取しなければ効果を得られなくなる。
冒険の際、こうして使用する魔力回復剤が、その点で如何に優れているかは言うまでもない。
『良薬は口に苦し』と、旧世界の人々も言ったらしい。
・・・
自分たちと同じような武具を振るうアイシャが、何故、これほどまでに強いのか、ならず者たちには分からない。
物理攻撃というのは、自身の体重、そして筋力、重力、遠心力や摩擦、てこの原理の総合であることを考えれば、ますます理解不能だ。
目の前の白い少女は、自分達よりも体重は軽く、その体格から見て筋量でも劣っているはず。
それなのに、繰り広げる破壊、殺戮の規模は桁違い。
「なんなんだ、てめえ・・・」
そう、理解不能だ。
アイシャの細身に宿るパワー、それは良血の遺伝子が育む柔軟な筋肉とたゆまぬ鍛錬によって磨かれた結晶。
実際、体重は同じ体格の少女の五割程も重い。
骨密度にしても、人間と獣人には圧倒的な差があるからこその頑強さ。
「さぁね?」
「ただ、お前たちの敵であることは間違いないよ?」
エメラルドのような深い翠の瞳が湛えるのは殺意。
しかし、その手に持つ武具は全て致命の一撃を故意に外しているという離れ業。
「私の相棒はきっと、私よりも慈悲深いよ」
「お前らのような奴でも容赦なく神の元に召してくれるだろうね」
「私は、少しばかり捻くれてるんだ」
「十分な痛みも感じないまま殺してなどやらない」
「その身で自分が為してきた罪を悔いる機会をやろう」
「そうか・・・これが、傲慢というやつか」
「私はつくづく業が深い」
自分の言葉で、自分の在り方に気付く。
亡き師の言葉を守れない愚かな弟子。
強くなるということは、こういうことか。
「もう、やめてくれ」
「改心する、殺さない、奪わない、盗まない、真面目に働く、神にも祈る、だから、やめてくれ」
その言葉にアイシャは小さく笑う。
「じゃあ、まずは今までの罪を清算しなくちゃだめだね?」
「改心するんだろう?」
直後、振り下ろされる彗星棍。
その軌道は頭部を外れ、命乞いする男の左腕機能を奪う。
抵抗も、嘆願も駄目ならば、どうすればいいのか、何をすれば生き残ることが出来るのか。
その道は既に絶たれている。
「俺たちが悪党なら、貴様の所業はなんだ?」
「こんな酷い殺し、俺たちですらやったことがねえ!」
「お前もどうせ地獄に墜ちるんだ」
「ざまあみろ」
最後の抵抗は、アイシャの反感を買って自らを死に追い込むことだけ。
だが、それさえも叶わない。
「もう、一度、向こうには行ってきたんでね」
「お前に教えてやろう」
「悪党が死んでも地獄にはいかないよ?」
「そこにあるのは、ただの暗闇、永遠に続く出口のない静寂だ」
「地獄があれば、多少は救われるというのにね?」
「もう、お仲間にも、家族にも、誰にも会えない」
「何も見えない、聞こえない、そんなのがあるだけさ」
「いや・・・多分、なにもない」
自身に待ち受けることを聞かされれば、男は黙って、ただ思いを巡らすしかなかった。
それは感じたことのない恐怖。
死というものの正体が、本当にそれならば、自分は何のために生まれたというのか。
「さぁ、召されるまでの時間」
「存分に後悔するがいい」
「他者から奪うという行為の愚かさをね」
アイシャは男を置き去り、処刑場たる次の扉に向かう。




