誰にでも不幸は降り注ぐ
「お前・・・誰だ?」
「俺達が盗賊ギルドの者だと知ってんのか?」
その言葉は、自分の前に現れた死神に、愚かにも正体を明かす台詞。
月明りの逆光で、シャアリィの姿が少女だということくらいしか伝わってはいない。
少女が一人でならず者の懐に踏み込んだ意味に気がつくわけもない。
「たかが女ひとり」
「術式使いだろうが、この人数相手に出来るのは奇襲くらいだ」
「やっちまえ!」
勇ましく吠えた男は、自分が動くこともなく配下に命令を下す。
手に凶器を携えた成人男性の群れ。
その様子に怯むこともなく、ダガーを握る手を翳すシャアリィ。
「凍れ!」
短く響くアイス・ウォールの詠唱、男達を巻き込んで出現する氷結の魔力の壁。
常人にとって術式使いは、まさに『殺戮の魔法使い』。
人里離れ、周囲を樹木に囲まれた場所には精霊が満ちている。
全身を凍らされた者は一瞬の寒気だけを感じて絶命するのだから幸運。
だが、身体の一部を巻き込まれた者の不運は想像通り。
「畜生!手が捥げそうだ!」
「脚が、脚が、ああ、なんてこった・・・」
阿鼻叫喚。
血流は止まり、氷結させられた場所からじわじわと体温を奪われる恐怖と痛み。
勢い余って倒れれば、無理矢理に千切られる四肢。
ただの物盗りや、弱者しか弄べないような半端者では相手にもならない。
暖炉に焚べられた薪同然の自身の立場に気付けば、皆、一目散に遁走を図る。
「えっと、トリスタン、バスビィ、ポルシェンカだっけ?」
「差し出せば勘弁してあげるよ?」
最早、シャアリィの声に耳を貸す者はいない。
我先にと建物の奥に逃げ、至る所で扉を閉ざす音が聞こえる。
短い溜息を吐いて、月明りを背にした少女は歩を進める。
「かくれんぼ、は、あまり好きじゃないよ」
「めんどくさいなぁ」
一人残された広間で、シャアリィは呟くように下僕を召喚する。
「出て来い」
クリエイト・クリーチャーで作られた魔物は、当たり外れが大きいものの、人を喰らうくらいならば、何が作られようと目的を果たすだろう。
「ぐぇうぇはぁあああ」
と、気持ち悪い声と共に出現したのは、五本の脚と数えるのも面倒な程の触手を生やした異形の猿人型クリーチャー。
例によってその体毛は漆黒。
「私と、白毛の獣人以外は見つけ次第、殺して食べていい」
「腹いっぱいになったなら、壊して遊びなさい」
心得たとばかりに、残虐な命令を受けたクリーチャーが雄叫びを上げる。
「ぶもっ、ぐもっ」
人間の匂いを感じ取り奔り出したクリーチャーを残したまま、シャアリィは次の建物へと向かった。
背中からは悲鳴と破壊音が響き始める。
・・・
アイシャが向かった建物の中では、騒ぎを耳にした連中が集まっていた。
「貴様、こんなことをして、どうなるかわかってるだろうな?」
盗賊の類を相手にする時、誰かひとりはそう言う。
わかってないのは自分自身だというのに。
アイシャは、落胆の溜息と同時に、思ったことそのままを口にする。
「わからないね?」
「私が知っているのは、お前らの末路だけさ」
準備万端とばかりにアイシャを狙う弩弓はひとつやふたつではない。
悪党には珍しい術式使いもいるようだ。
「緑風、召喚、切り裂け!」
「エア・スラッシュ」
アイシャは飛んできた初級の風雷術式を避けることもなく、三節棍の一振りで相殺する。
「ば、化け物め!」
同じように自身に向かって飛んでくる矢も、当然のように叩き落とす。
「私にこんなことをして、どうなるかわかってるかな?」
微笑む白い死神は、その口元だけを獰猛に歪めた。
「お前たちに恨みはないし、放っておいても構わない」
「誰にでも突然不幸が降り注ぐように、たまたま、私の肩慣らしの相手に選ばれてしまったんだよ」
「お前たちのような悪党ならば、賞金も出るだろうし、何より世間がそれを望んでいる」
告げられた言葉の意味。
それを考えることもなく、ここにいる男達は命を落とすだろう。
殺す、殺されるという立場が入れ替わったことさえも気付かずに。




