月下の狩人
――― 冬の訪れ間近の夜風は冷たく、差し込む月明りは蒼い。
ヒトの踏み入りが減れば途端に獣道と化してゆく林道。
積もり始めた枯葉は小さな音を絶え間なくたて続けるがヒトの耳には届かない。
同じようなカタチをしているものの、狩人はヒトよりも強く疾い。
そして容易く獲物の巣穴を見つけてしまう ―――
遮光の一つも満足に出来ていないアジト。
最初のうちは慎重でも、惰眠を貪れば自然と人は横着になる。
どうせ、今日も敵襲などありはしないと、根拠のない理屈を正当化する時、死神は現れる。
「いつも通りでいいね?」
と、シャアリィが言えば、それはカース・シャドウで先手を打つ合図。
アイシャが蹴破った扉、するりと陰に潜り込んだシャアリィが、放つ術式は周囲一帯を簡単に無力化してしまう。
歴戦の兵でもない限り、仲間と連携を取る手段は『声』しかない。
「敵襲だ!」
「目をやられた増援を呼べ!」
「見えねえ・・・助けて・・・死にたくない」
「くるな、俺はたまたまここにいるだけの商人だ」
「喚くな、余計、混乱する!」
何時もならば、シャアリィがアイス・ブラストをぶち撒ける所だが、今日の主役はアイシャだ。
透き通る声で六節の裁きの詩を詠唱する。
「束ねし力、四門を巡れ、碧き波動、我が手に宿れ、解き放て、風の礫」
「ウインド・ブラスト」
夜闇の中、視認することさえ難しい風の礫が悪人共に叩きつけられる。
苦悶の呻きと怨嗟、命乞いのコーラスが始まる。
「トリスタン、バスビィ、ポルシェンカを差し出せ!」
「雑魚に用はない!」
場違いな少女の声が館の中に響き渡るが、それに答える声はない。
「わかったよ」
「ならば、お前らには朝日は昇らない」
シャアリィは宣言通りに、指先で動くモノ全てに水の矢を放つ。
初級術式のウォーター・アローであっても、シャアリィ程の魔力ならば致命、重症は免れない。
琥珀の魔女が一階のフロアを制圧している間に、白毛獅子は階段を駆け上がり二階のフロアを蹂躙する。
「隠れても無駄だよ」
その言葉通り、扉はサムライ・ソードで両断され、行く手を阻む盾にさえならない。
近寄れば掌底、蹴りの餌食になり、震えて蹲れば三節棍で打ちのめされる。
何処にも逃げ場などなく、最も被害を避けたければ武器を放り出して大人しく、好きな所を打たせるしかないという理不尽。
そうした所で、アイシャが掛ける情けは手足一本の剥奪という耐え難い仕打ち。
どうやら、この屋敷には裏口はなく、今、二人が探索している領域が全て。
つまりは逃走に成功した者はいない。
それぞれのルートの殲滅を終え階段の下で落ち合った二人は、二つ目のアジトを目指す。
扉を失った屋敷に吹き込む風が、酷く耳障りだ。
・・・
ふたつ目の拠点。
そこは酒造所の跡地。
中継点の街で酒を造ることが出来たなら、大儲け出来ると踏んだのだろう。
この有様を見れば、その目論見が外れたことは理解出来る。
先程のアジトと比べれば、多少はマシ。
こちらのアジトは石壁の上に、一応、見張りがいる。
迂闊な酔っ払いを見張りとして数えることを許容するならば、の、話だが。
シャアリィの接近にも気付かず、その額にストーン・バレットを喰らい、声を上げることもなく、そのまま壁の向こうに見張りは落ちた。
ドサッという大きな物音にも関わらず、建物から誰かが出てくる気配はない。
が、扉のない入り口から、アイシャ目掛けて一本の矢が飛んできた。
暗闇の中でさえ音を頼りに矢を避けることが出来るアイシャに、この月明りの下では当たるはずもない。
「おや、こっちは多少は心得ているようじゃないか」
口調こそ舐めているが、シャアリィやアイシャが敵の力量を過小評価することはない。
複数の建物がある敷地の中、もし、大物がいるとすれば必然、奥に近い場所だろうと見当をつけて、シャアリィは矢の飛び出してきた入り口に、アイス・ランスを叩き込んだ。
直後、奏でられる無機質な氷結音。
その響きで、二人程が直撃を受けた手応えをシャアリィが感じ取る。
「アイシャは次の建物に行ってもいいよ?」
その言葉に、アイシャは、
「では、そちらの大きな建物に行こう」
「内部が複雑な場所には独りでは入らないようにね?」
シャアリィの勇み足に釘を刺す。
ちろりと舌を出して、シャアリィは先程の建物に足を踏み入れた。




