リーシャの恩師
大きな屋敷のような門。
まるで重要施設であるかのように、それを守る衛兵。
「ここがジェネトリウム」
「私が暮らしている場所」
リーシャがそう言いながら、衛兵に指示を出すと、衛兵達は散り散りに動き出す。
ここまでのリーシャの態度を見れば、随分と大事にされているようだ。
「お茶の準備と、先生との面会を用意してもらってる」
「中へどうぞ?」
促されるままに客間と思しき、暖炉のある広い部屋に通された。
多少肌寒いが、まだ暖炉に火を入れる程には寒くはない。
侍従の少女が、恭しく頭を下げてお茶の用意をしてくれた。
「ふぅ」
と、シャアリィはのんびりとした溜息を吐き出し、鞄をごそごそと漁る。
恐らくはチョコレートを探しているのだろう。
「はい、どうぞ」
と、テーブルの上に十個程のチョコレートをばらばらと置く。
リーシャは優雅な指先で、それを一つ摘まみ、
「おや、良いものを」
「頂きます」
と、警戒することもなく口に入れる。
先程のワイズリート教皇といい、『受難の聖女』であるリーシャといい、危機感がまるでない。
そして、ノックをすることもなく、白衣の研究者が部屋の扉を開けた。
即座に視線が合い、思わず席を立って挨拶をする。
「アイシャ・セロニアスです」
「妹が大変お世話になったようで、有難うございます」
私の挨拶を受けて、少しばかり口を歪めたモノクルの女性は、
「ああ、結構手間が掛かるし、面倒な娘だけれど礼には及ばないよ」
「きみがアイシャ・セロニアス・・・リーシャの姉か」
「成程、よく似ているね」
「気質はきみのほうが少しばかり大人しいようだが、まぁ、猛獣なんだろうな」
「私は、レナ・シュライン」
「魔道学者にして、逸脱者、まぁ、世間的にはろくでなしだよ」
見透かしたような発言にシャアリィが笑う。
「そうですね、そのうち本性が出てくると私も期待しています」
その言葉を受けて、シュラインが、
「もっと物騒なのが、琥珀のシャアリィか」
「うちのリーシャは強かっただろう?」
「私がきみを改造すれば、五分とは言わないがいい線まで行けるがね?」
改造という不穏な言葉が、この女の口から出れば嘘ではないのだろう。
少しばかり警戒する必要がありそうだ。
「先生、記憶喪失の治し方って知ってる?」
「姉様はここ数年の記憶を無くしてしまったんだ」
「取り戻すにはどうしたらいい?」
リーシャの言葉で、シュラインは一度大きく首を傾げ、私を凝視する。
「歌は覚えているか?」
「料理の味、その他、なんでもいい」
「言葉以上に脳に直接刺激を与えるモノが、有効な解決策だね」
「きみ・・・一度、死んだだろう?」
私の死まで見抜くとは、只者ではない。
「人間の脳機能っていうのはね」
「実に脆弱なものなんだ」
「脳に血が巡ら無くなれば、ほんの十分程でも大ダメージを受ける」
「死の後遺症が一部の記憶の欠落だけで済むなんて、きみは相当に鍛えていたのだろうし、運がいい」
「蘇生者の技量も当然だが、何より、きみを蘇生させることに迷わなかったみたいだね」
「こんな完璧な蘇生はお目に掛かったことがない」
「知覚障害も、言語障害も、その他、なにも後遺症がないとは・・・」
「蘇生者は誰だい?」
ロザリーは、それ程までに研鑽を積み重ねた聖職者だったのか。
「ロザリー・イグシエンヌです」
私の口から零れた名前に、シュラインは楽し気に笑う。
「鏖殺のロザリーか!」
「こんなに素晴らしい蘇生が出来るならば、二つ名を変えたほうがいいな」
「救済のロザリーのほうが似合うんじゃないか?」
魔道学者の冗談というのは、少しばかり趣味が悪い。
だが、実際、ロザリーに救済された身であれば、物騒な二つ名よりも似合ってるとも。




