直面している困難?
リーシャが私に尋ねる。
「一番、困っていることは何?」
そう問われて、すぐに返す言葉がないことに気付く。
「困っていること・・・か」
「そう言われてみれば、直面している困難というものはないんだ」
「もっと曖昧なもの」
「せっかくシャアリィがいろいろなことをしてくれているのに、私がそれに適切に応えることが出来ていなかったり、シャアリィの知っているアイシャならば、どうするのか、と、戸惑ってしまう」
「言わば、記憶を失ったことによる関係性の変化、かな」
記憶を取り戻さない限り、それは、ずっと続く問題だ。
「なぁんだ・・・そんなことか」
と、楽観的な声を上げたのはシャアリィだった。
「適切に、とか、考えなくてもいいのに」
「アイシャは私のこと好き?嫌い?」
率直に言われて多少気後れするが、
「私は、ザグレブホーンで記憶を無くした後も、シャアリィには少しばかり好意的な感情を持っているよ」
「見た目だけじゃなく、本当に、いろいろなことを考えてくれているし」
「そういう利害だけじゃなくて・・・言葉にするのが少し難しいな」
嫌いという感情はあり得ない。
自分自身の心というのは、思ったよりもずっと曖昧なのだが。
少なくともシャアリィにとって一番望ましい方法を考えているのは事実だ。
「だったら、大丈夫だよ」
「私、ちゃんと、もう一回、アイシャに好きになってもらえるくらい頑張れるし!」
リーシャが少しばかり頬を膨らます。
「もう・・・そういうのは二人だけの時にして下さい」
「つまりは、アイシャ姉様は直接困っているわけではないのですね?」
「冒険が不自由だとか、旅に支障があるとか」
「その為に何かが必要であれば・・・」
「まぁ、そういえばお二人は、今や大商会の共同経営者・・・」
「私より自由になるお金も持っているのでしたね」
この世の中、大体のことはお金でなんとかなってしまう。
旅客専用車に乗らずに、キャラバンで優雅な旅をするなど、物見遊山のようなもの。
「否、ここに来るまでは少しばかり寂しかったのは事実だよ」
「リーシャと会えて、自分の来歴が記憶と違わないと分かったからこそだ」
自分が何者であるか、など、普段の生活の中で考えることなどない。
それに直面した時にしか、感じない不安。
それが払拭出来た以上、記憶の回復がここまでだとしても、私は大丈夫だろう。
「折角だから、ショットの言う通り、シュライン先生に会うといいよ」
「先生もきっと喜ぶと思うし」
先生という言葉を聞いて、ミヤマのことを思い出す。
そう言えば、もう、ランドウ・ミヤマもこの世にはいないのだ。
恩師・・・か、リーシャの恩師ならば会うべきなのだろう。
「そうしよう」
「シャアリィ、一緒に来てくれる?」
少しばかり肌寒い風の中、リーシャの足元に気付く。
「リーシャ・・・その脚・・・そう言えば瞳の色も・・・」
苦笑いしたリーシャが、答える。
「死霊術師になった時にね、瞳の色は変質したみたい」
「今は気にいってるよ」
「脚は、シュライン先生とショットがくれたもの」
「多分、今なら姉様より早く走れる」
鈍く光りを放つ、鋼の融合義足。
リーシャの細い脚と完全に同化しているそれは、遠目に見ればブーツにも見えるかも知れない。
が、不自由だった脚をこんな形で補ったことには少しばかり胸が痛む。
「皆、見た目で顔を顰めるけれど、使っている側で言わせて貰えば、皆、これに換えたほうがいいとさえ思うよ」
「但し、最初はとんでもなく痛いけれどね!」
そりゃあ、そうだろう。
どう考えても人間の脚ではないものだ。
でも、リーシャ自身が気に入っているならば、私があれこれというべきではない。
リーシャの案内で、ジェネトリウムという施設に向かうことになった。




