車輪が動き出す
見送りにきてくれたのは、三人だけ。
屋敷でお世話になったイザベラ、聖職者のロザリー、少しだけパーティで一緒だったというアンソニー。
この顔触れは、私がリーダーをしていたパーティの面々だという。
アンソニーは、まだ経験が浅いみたいだけれど、イザベラとロザリーは多分、凄腕の冒険者。
ミヤマ先生が教えてくれた『立ち居振る舞い』という自然な所作からも、それは読み取れる。
こんなに強い冒険者のパーティのリーダーだったなんて、自分では信じられない。
「アイシャ、いずれ記憶は戻るさ」
「シャアリィと仲良くな」
と、私に告げる声は力強くも優しい。
イザベラという人間そのもの。
「また、何時でも来るがいいね」
「この約束を覚えていたなら、次は私が酒を奢るよ」
薄い色素の瞳、ほんの僅かに目尻に見える皺。
私を救うために大切な経験値と寿命まで差し出してくれた聖職者。
ロザリーには感謝しかない。
「早く記憶取り戻さないと、僕がシャアリィを取りに行っちゃいますよ」
「まぁ、冗談です」
「ゆっくりで構わないので、シャアリィのためにも元気になって下さい」
なんだろうか・・・少しばかり胸がちくりと痛む。
私はこの少年に同情しているのだろうか。
皆がシャアリィと別れの言葉を交わす姿を見て、寂しい気持ちが湧いてくる。
アイシャ・セロニアス・・・お前は何を見て、何を成したのだ?
これ程の者達に慕われるような武芸者に至ったというのならば、その過程にはとても興味がある。
「何時もならキャラバンに乗るんだけれど、旅客専用車でもいいよ?」
「その方が早いし、乗り心地も良くて、他の客を気にしなくて済む」
そんな贅沢を・・・と、言おうとして思い出す。
口座の残高や、手持ちの革袋の金貨、銀貨の数。
でも、何故か快適な旅よりもキャラバンのほうが自分には合っていると心が傾く。
「いつも通りのことをしよう」
「その方が何かを思い出す切っ掛けになるだろうし」
そう、いつも通りだ。
私の忘れてしまった「いつも」を繰り返すほうが、きっと、正しい。
シャアリィは、じゃあ、と言ってくるくると回る。
「私も私らしく振舞うけれど、面倒な時は言ってね?」
「ちゃんと大人しくできるよ?」
なるほど、私はシャアリィにも多分、お姉さんぶってあれこれ言っていたのだな。
変わってしまったことだけではない。
私が私のままであった部分を垣間見れば、少しばかり気が安らぐ。
「皆、世話になったね」
「今は返せるものがないけれど、きっと、私は私を取り戻す」
「それが出来たならば、又、会いにくるよ」
そう。
アイシャ・セロニアスらしく、だ。
私は不出来者とはいえ、白毛獅子宗家の娘。
武芸の道に生き、何時か、兄達も、父をも追い越すのだ。
到底叶わぬと知っているが、戦いの他に望むものはない・・・否、何かがある・・・。
もっと、もっと、大切な何か・・・。
シャアリィが私の手を取り、乗車を手伝ってくれる。
少し冷たくて私よりも小さな掌。
私とは違うやわらかな少女の腕。
こんな身体で私を守ってくれたのだな。
そう思うと自分の不甲斐なさに奥歯が軋む。
この先、何度、何十度・・・否、何千何万回も私はこの感情を味わう。
それが死と引き換えに、もう一度、この世界を生きる代償ならば仕方ない。
私は幸運なのだ。
ロザリーがいて、蘇生禁呪を習得していて、さらにそれを使ってもらうまでに、たったの数分。
成功率五割に満たない蘇生に成功し、今、この命があるのは奇跡。
それでも、『たかが』と言えない程に、記憶というものは重い。
皆の思いを察すれば、私が哀しむ余地などない、と、いうのに。
馬のいななきに僅かに遅れて車輪が動き出す。
たった数百メートルのメイン・ストリート。
酒場くらいしか遊べる場所もない、アーシアンで最も古い開拓民の街。
『諦めの迷宮』を踏破した事実はあっても、実感はない。
それでも、私は再び目覚めた。
アイシャ・セロニアスとして。




