失った記憶
シャアリィ・スノウ。
この数年、私とペアを組んでアーシアン連合国全土を震撼させたという冒険者。
私達が成した成果。
レリットランス、アーシアン、ザグレブホーン、三つの迷宮の踏破。
千本足、彫像、巨人の骸、廃棄の王、四つの名有り殺し。
エンダーベルトからレリットランスまでの交易路定着。
その全てが私の記憶にないこと。
覚えているのは、マッカーシー・パーティのメンバーとして、アーシアン迷宮を探索していた時期までのこと。
そこから今までに至るまでの歳月は、私の記憶から抜け落ちている。
知らない術式が備わり、レベルは五十以上も上がっている。
どんな壮絶な戦いがあったのか・・・どれ程の鍛錬を積んだのか。
こんなに強くなるための動機は何だったのか。
それが抜け落ちているのは、恐怖そのものだ。
寝て起きたら数年の歳月が過ぎて、自分がまるで自分じゃない。
作った記憶もない商業ギルドの口座残高を見て、仰天する。
毎月振り込まれてくる異常な額の金貨。
その日暮らしのような冒険者稼業では手にすることの出来ない金額だ。
まるで御伽噺。
今は、一刻も早く、マーシー達に会いたい。
自分が本当にアイシャ・セロニアスであるかを確かめるために。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる金色の髪の少女は、本当に私の味方なのだろうか。
違和感。
そんなシャアリィの髪を突然撫でたくなる衝動。
不意に見せる笑顔に高鳴る鼓動。
私が知らない私は、きっと、この少女に恋をしていたのだろう。
それは朧げに感じる。
元来、人との距離に神経質な私が、シャアリィとの距離を不快に感じない。
ベッドの広さに寂しさを感じることさえある。
多分、私達はそういう間柄で、ずっと一緒だったのだろう。
「取り戻したい」
私は、この激変した数年のことを知りたい。
鵺斬と彗星棍、ミヤマ先生が私に授けたという武具。
これを持っているということは、先生にも認められたということなのだろう。
「思い出さなければならない」
と、シャアリィに話した所、
「焦らずでいいんだよ」
「勿論、アイシャがそうしたいならば、何でも協力する」
「でも、楽しいことばかりでもなかったんだ」
彼女は表情を曇らせた。
私は、それを見て、酷く心が痛む。
このまま、ずっと、穏やかに生活しても不便はない。
むしろ、冒険者など続ける理由がない。
シャアリィの話が本当であれば、私達は大商会の共同経営者だ。
そうでなくとも、十分な資産を持っている。
「家に帰ろうか」
私達の家は、レリットランスにあるらしい。
ずっと南にある比較的大きな迷宮都市だ。
この北の街、ザグレブホーンには冒険のためにやってきて、その結果、私は記憶を失ってしまったと聞かされている。
家があるのだから帰る。
それは酷く当たり前のことであって、そうするべきだと、私も思う。
今は何もわからなくても、ずっと、わからなかったとしても。
家に帰るのは普通のこと。
「了解した」
不意に零れた私の言葉に、シャアリィの目が潤む。
「やっぱり、アイシャはアイシャなんだね」
きっと、いろいろなことを決める時、私はこういう口振りだったのかも知れない。
やるべきことは今の所、皆無。
時間は有り余るほどにある。
「記憶を探す旅の始まり」
私達はザグレブホーンを出て、レリットランスに向かうことにした。




