空いた席
山鳥亭のテーブル。
昨日までそこに座っていた席に、小奇麗な茶髪の少年の姿はない。
だが、彼は間違いなくパーティ・メンバーの一人だった。
「間抜けで純情な冒険者に」
と、ロザリーが麦酒の木製ジョッキを掲げれば、皆が同じように掲げ、ジョッキをぶつける。
少しばかり目を腫らせたシャアリィが、
「やっぱり、私は危機感が足りないんだね」
と、神妙な顔をする。
イザベラは吹き出し、ロザリーはじっとりとした眼差しでシャアリィを見やる。
「今更だろう?」
「もう誰が悪かったとか、そういうのはナシだ」
イザベラの言う通り、起きてしまったことをあれこれと語った所で元に戻るわけでもない。
ロザリーは憎まれ口を叩く。
「子守りから解放されて、気が楽になったね」
「ここから先は、私達でも用心が必要だよ」
アイシャはそれに頷き、
「ルーム・ガーダーにあんなのがいたんだから、最終玄室はかなり厳しいだろうね」
「古い迷宮だけに、とんでもない奴がまだまだいるかもしれない」
迷宮踏破。
アンソニーから頼まれた『夢』。
そうでなくとも、自分達は冒険をしにきたのだ。
平穏な暮らしに満足出来ずに、殺し、殺されの舞台に又、自ら上がってしまったのだ。
「これだけのことがあっても、楽しいと思っている自分に嫌気が差すどころか、開き直るしかないんだよね」
もしも、シャアリィとアイシャが戻ってこなければ。
迷宮踏破を口にしなければ。
パーシモンは狂わず、アンソニーは平凡な冒険者のままだったはずだ。
だが、そうはならなかった。
明日のことなんて誰にもわからない。
誰かの何気ない一言で人生は容易く変化してしまうのだから。
「さて、未確定なことを話しても詮無きことだがね」
「撤退ラインを決めておこうじゃないか」
イザベラが危惧するのは、迷宮内での全滅だ。
このパーティは確かに非の打ちどころなどないくらいに強い。
だが、それぞれが重要な役割を担っている以上、一人でも欠ければ迷宮探索は難しくなる。
こういう時、一番、無難なことを言うロザリーが、
「まさに詮無きことだね」
「嫌になったら止める・・・それ以外に決めようもない」
「私が義務感で付き合っているわけじゃない」
「やりたいから付き合っているんだ」
シャアリィとアイシャは顔を見合わせて、
「そうだね、誰かが抜けると言えば、それが潮時かも」
「私達は冒険がしたいんであって、ここに骨を埋めにきたわけじゃない」
「無理だと判断したならば、諦めよう」
イザベラはその言葉に胸を撫でおろす。
「・・・悪いね」
「出来れば最後まで付き合いたいんだが、生き残ることが最優先だ」
「正直な所、ゴーレム戦でも私は少し気後れしていた」
「意地だけじゃどうにもならないこともある」
イザベラは感じている。
シャアリィとアイシャは、自分が手の届くような冒険者ではない。
有体に言えば、自分の力量の限度を知ったのだ。
潮時・・・それを読み違えば戻れない。
迷宮とはそういう場所だ。




