ありがとう
「シャアリィ、ありがとう」
アンソニーは、感慨深げに礼の言葉を口にした。
シャアリィは何を言っていいのか逡巡する。
もう、冒険者は続けられないかも知れないのに、この少年は何故、礼など言うのか。
自分の常識ならば、恨み言や泣き言を言う場面だろうに。
「ははは、情けねえ」
「酔っぱらった帰り道、攫われるとかね」
「子供かよって話だ」
屈託なく笑う少年の顔をシャアリィは正視出来ない。
「私のせいで・・・こんな酷い目にあって、悔しくないの?」
「指・・・治らないんだよ?」
涙を滲ませてシャアリィがアンソニーの胸を叩く。
だが、アンソニーはより一層柔らかく微笑んで、
「きみのせいじゃない」
「俺の失態だろう?」
「きみはそれなのに俺を放っておかずに助けてくれたじゃないか?」
「琥珀の魔女が、そんなに優しい奴だなんて思わなかったよ」
アイシャも、イザベラも、ロザリーさえもが頷く。
皆、アンソニーのために炎天下を走り回り、ここに辿り着いたのだ。
「きみだけじゃない」
「こんなに大勢のひとが俺のために動いてくれたんだ」
「今は泣く時じゃないさ」
「皆に礼を言って、解散して、痛みを堪えながらやりきれない酒を飲んで」
「溜息を吐く・・・泣くのはその時」
「それにさ・・・工夫すれば、まだ冒険者だって続けられる」
「でも、俺は潮時ってやつを見逃したくないんだ」
「俺は冒険者を諦めるよ」
この一月・・・本当に真剣に強くなるために費やした時間。
アンソニーは脳裏にそれを描きながら、
「きみも、アイシャ・パーティの皆も、素晴らしい冒険者だ」
「誰がどんな気持ちできみ等を批判しようと、事実は変わらない」
「俺は被害者じゃない、ただの間抜けだ」
「トチったのが迷宮じゃなくて良かった」
シャアリィは自分の涙を乱暴に拭うと、アンソニーの髪をくしゃくしゃと撫でる。
「私が思ってた以上に、アンソニーは強くなったんだね」
「私はこんな女だ・・・狂暴で、人殺しで、自分が気に入らなければ力でねじ伏せる」
「そんな生き方しか出来ない最低の女」
「私を許してくれる?」
アンソニーは曇りない眼で、シャアリィを見つめて言う。
「許すよ」
「本当はね・・・今でも好きなんだ」
「でも、俺にはきみと生きるだけの力もないからね」
「それにアイシャさんには、敵わない」
「友達でいてくれると、うれしんだけれど・・・」
やっと言えた、と、アンソニーの眦から、一筋の涙が零れる。
真夏よりも幾分短くなった陽が落ちる。
松明に灯した炎の列が、街に向かって伸びる。
「迷宮踏破・・・頼んだよ」
「俺は少しばかりのんびりするさ」
「慣れない鍛錬でいろいろ草臥れたよ」
指を失った左手をシャアリィは大事そうに頬に当て、
「うん、わかったよ」
「ありがとう、アンソニー」
「私達は友達だ、ずっと、ずっとね」
衛兵に肩を貸され、先に行くよと手を振るアンソニーの背をアイシャ・パーティは見送る。
「いい奴だな」
と、イザベラがシャアリィに声を掛ければ、
シャアリィは涙で顔をくしゃくしゃにしながら、かすれ声で答える。
「うん、いい奴だ」
ロザリーは、うんざりした目で燃え墜ちた屋敷を眺め、アイシャはシャアリィの髪を優しく撫でる。
まるで世界から拒絶されたように、パーシモンは存在を黙殺された。
彼の狂った言い分など、恐らく誰も耳を貸さない。
この事件に被害者がいるとすれば、パーシモンだろう。




