ザグレブホーン迷宮の脅威
「まぁ、大体察しはつくよ」
と、飲み干した麦酒のジョッキでテーブルを叩くイザベラが言う。
「私もロザリーも、責務や戒律があるから折れることはないが、きみ達は自由だからな」
「金も有り余る程あって行く手を遮る者もいない」
「そりゃあ暇を持て余すことだろう」
「しかも、迷宮踏破も名有り殺しも経験済みともなれば、楽しみも限られてくる」
悪い事をしたわけでもないのに、シャアリィとアイシャは小さくなる。
「で、悪名高い『諦めの迷宮』を踏破してやろう、と」
ロザリーがにやりと笑い、麦酒の泡を指で弄ぶ。
アイシャは頬を指で搔きながら、
「そうなんだけどさ、やっぱ、事前調査とかパーティの増強とかね」
「アーシアンには魔石取りに、たまに潜っていたけれども、ここは私もシャアリィも四階層までしかやってなくてね?」
現状、『諦めの迷宮』の最深部探索者は、ロザリーとその旗下の精鋭パーティ。
他でもないシャアリィとアイシャの要望ならば、と、迷宮の情報を開示する。
「ザグレブホーン迷宮はね、トラップの類は凡庸」
「きみ達が潜ったグリーンノウズの右耳迷宮と比すれば、大した罠は存在しないね」
「だが、厄介なのは六階層から出現する『斜め通路』と、『膨大な数の転移陣』」
「特に転移陣の中には玄室直行のものも多い」
「踏んで二秒で即戦闘、なんてこともザラにあるよ」
それならば踏む前に常に準備していれば、問題は減らせるとアイシャが考えた時、
「八階層に侵入するための転移陣は特別でね」
『どこに繋がるかわからない』
・・・?
「転移した先で、そこがどこなのかマッピングしなおさなきゃならない」
「最悪、現在確認出来ている十四層よりも奥に転移する可能性もある・・・」
「必然、一度、地図と睨めっこしながら転移陣を避けつつ上層に向かって進み、位置を把握する他ない」
「私達のパーティは初回で、十一層に飛ばされてね」
「地上に戻るまでに二日掛かったよ」
「八階層より下に挑むには、ペア編成は危険過ぎるね」
「移動陣に乗るタイミングがずれたなら、ソロで地上を目指さなければならない」
「アイシャならば、それでも凌げる可能性はあるけれど、琥珀には絶望的」
「魔力切れ即ち死」
「転移陣に乗る時には、手を繋ぐとかの連結処置を忘れないこと」
シャアリィは上目使いで、イザベラとロザリーを交互に見る。
「えっとですね?」
「私達もハイランド・オーガ狩りにつきあうので・・・」
イザベラが嫌そうな顔で、その続きを、
「私達も一緒に迷宮に潜れ、と?」
首をぶんぶんとシャアリィも、アイシャも縦に振る。
どうする?と、視線でイザベラとロザリーが相談し、しょうがないという笑みになる。
「まぁ、運が良ければ、迷宮踏破者の名誉か」
「それに二人だけで行かせるのは、正直、心配でもある」
「夏の間は、オーガ狩り」
「秋からは迷宮探索・・・それでいいか?」
その返答にシャアリィも、アイシャも手を叩いて喜ぶ。
突然、一人の少年が声を上げた。
「俺も!そのパーティに入れてもらえないだろうか?」
「荷物持ちでも、炊事係でも、なんでもする」
「お願いします!」
アンソニー・レジータ。
ロザリーが少年を一瞥し、興味なさげに、
「おや?きみは誰?」
「お母さんの許可は貰ってるのかね?」
「二度と家には戻れない遠い場所に行っても大丈夫かい?」
と、死をチラつかせて脅す。
その眼光を見れば、遊びじゃないことは明白。
アンソニーは怯みながらも必死に嘆願を続ける。
「アンソニー・レジータ、クラス2、長弓と斥候」
「あんたらが動けば、迷宮踏破はほぼ確実だ・・・俺の最初で最後の夢がなくなっちまう」
「だから頼む、命懸けは承知!」
アイシャとイザベラは深い息を吐く。
「少年、夢と命は天秤に掛けちゃだめだ」
「きみには少々、場違いだと言わざるを得ないよ」
イザベラの言葉に、アイシャも頷く。
「私もイザベラに同意するよ」
「竜殺しの私達でさえ足りないピースを搔き集めているというのに、足手纏いを連れ歩く余裕はないんだ」
シャアリィは、ただ一人・・・
「夢・・・夢ねぇ・・・じゃあ、醒めるまでやらしてあげれば?」
「私達と同じ、迷宮に取り憑かれた愚か者か、どうか」
「命を懸けることと、命を捨てることの違いがわかるかどうか、ね?」
何時も狩りを共にしていたシャアリィが見せる初めての本性。
その妖しく光る金色の瞳に、アンソニーは言葉を失う。




