痛みの果てに
その少女はモノクローム。
美しく手入れの行き届いた長い銀髪を靡かせる。
人形のような白い肌、細く、長い手、指先。
聖衣とは真逆の喪服のような黒い装束は髪と同じ銀色の刺繍が施され、その意匠は逆十字。
ただ、その瞳だけは、血の雫を零したように紅い。
完全な容姿に欠けたところがあるとすれば、鈍い光を放つ鋼の融合義足。
十万もの魔石を喰らい、覚えた術式は六十六。
今日も少女は、中央大教会の中庭で独り、研鑽に明け暮れる。
「もっと早く、もっと強く、もっと正確に」
誰も届かぬ高みにあっても尚、己を研ぐことをやめない。
その実力であれば、名有り殺しなど容易いというのに、名誉など見向きもしない。
「やぁ、姫君」
「退屈していただろう?」
少しばかり白髪の混じる黒髪の男の目にはぎらついた野望の炎。
「ちょっとした面白い話をしよう」
「バルザックガルド・・・書物で読んでいるだろう?」
「忌々しい吸血鬼共の国さ」
「ザグレブホーンの遥か東にある大帝国」
「我々アーシアン連合国に仇為す存在」
「いずれきみに滅ぼしてもらいたい相手だ」
少女はくすりと笑う。
「妾よりも強いのか?」
血色の瞳が妖しく光る。
「どうだろうね?」
「向こうの姫君も、なかなかに美しいと聞くよ」
「その名は、フレネージュ・アビス・ミリティア」
「きみと同じく『混沌』の名を持つ不死のプリンセス」
「取り巻くのは四公爵、フォルデガルデ、オミノシア、ローギウス、ヴィトラウス」
「元はただのウェアウルフのくせに、今じゃヒトを真似て芸術まで嗜むらしい」
それで、と、話の先を促す少女。
「まぁ、まだまだ先の話」
「とは言え、過去に一度、南西部は手酷くやられているんだ」
「次に相対する時は、根絶やしにしてやらねばならない」
休憩の時間。
運ばれてきた上等なお茶を飲みながら、綺麗な細工の砂糖菓子を細い指先が摘まむ。
「楽しそうな話・・・」
「まだ、お披露目前だというのに・・・話ばかり盛られてもどうしろ、と」
「妾は何時まで待てば良いのだ?」
少女の向かいの席、少々汗ばむ程の日差しに、男は聖衣の赤い詰襟を緩める。
「時代が変わるまでの辛抱さ」
「もうすぐ六十三回の打鐘が響き、私達の時代が来る」
「まだ、身体は痛むかい?」
少女は首を横に振り、
「この不快感を痛みというには、私はもう慣れている」
「そろそろ、何もないこの庭にも飽きてきた」
「せっかく竜召喚の術式があるのだから、竜が欲しい」
「さもなければ、少々、歯応えのある者との手合わせか」
「成果というものが無ければ鍛錬にも身が入らぬだろう?」
男は空になったティーカップをそのままに席を立つ。
「仕方あるまい」
「手配するとしよう」
合わせた視線と共に二人は口角を吊り上げる。
「「暇つぶしには丁度良い」」
――― 白い獣人の少女はこうして聖女となった。
空っぽの心と小さな身体に刻まれた数知れない痛み。
その一つ、一つを強さに換えて、血の運命を塗り替えた。
砂糖菓子一粒から始まった契約の果て。
最強の術式使い。
氷結のシャアリィ
外伝・受難の聖女編 終幕 ―――




