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氷結のシャアリィ  作者: 黒猫テラス運営部
外伝・受難の聖女編
501/570

度量

アーシアンの街にある、もう一つの大教会。

それが聖アーシアン教会だ。

教会という名がついているものの、その殆どは教皇の邸宅のようなもの。

当然にして一般の立ち入りは出来ない。


宗教儀式と教皇の歴史を残すための装飾。

謁見の間に続く長い廊下には、歴代教皇の手形が残されており、大回廊にはその肖像画。

それより奥は、教皇庁の人間か、或いは特別な許可を受けた人間だけが入場を許される。

よって、枢機卿であるワイズリートでさえ、知っている場所は少ない。


教皇謁見の間。

最も有名で多くの者が立ち入ったことのある場所。

大扉の両側には長槍を構えた屈強な衛兵が立ち、許可のない者の侵入を阻む。

この兵士たちに(みだ)りに触れれば、重罪。

そして衛兵であっても、扉に手を掛けることは非常事態以外、許されていない。


扉を開くのは教皇庁の幹部の仕事であり、それは聖域への入り口。

一歩聖域に入れば、数十メートルの向こう、三段の階段を登った先にある教皇聖座。

それを真っ直ぐに繋ぐのは、教皇を示す紫色のカーペット。

教皇は、紫の詰襟の聖衣を纏い、聖座にて謁見を行う。


「中央神学校主席、リーシャ・セロニアス、前へ」


謁見が始まって早々に、リーシャの名が呼ばれた。

周囲の者たちよりも、かなり背の低いリーシャが最後方の位置から、カーペットの上を歩き出す。

その姿を皆、息を飲み、ただ見つめる。


「止まれ」


階段の手前五メートル。

その距離は、叙勲される騎士、報奨を与えられる商人と同じ距離。

つまりは、海の者とも、山の者とも、知れない者という扱い。


「其方、大層、素晴らしい役者の才があると聞く」

「しかも学業優秀、成績も主席であるとか」

「他にも秀でた所があるならば、遠慮なく申してみよ」


言葉を発したのは教皇の側近である、教皇庁大司教。

リーシャの可憐な唇が動き、それに似合わぬハスキーな声が響く。


「大したことではありませんが、三つの聖書全てを記憶しております」

「そして、暗算も少々」


聖職者であれば、聖書の一つくらい(そら)んじるのは不思議ではないが、三つ全てとなると滅多にはいない。


「では、試しに・・・伝聖書十一節、二章を」


その指示に動じることもなく、少女らしからぬ抑揚で一言一句間違えることもなくリーシャは謳い上げる。


「では、原聖書三十二節、三章」


小さく息を吸って、同じように謳い上げれば、教皇自ら拍手が送られる。


「では、暗算・・・二七八七六六掛けること三三二八七では?」


数秒の後、


「九二七九二八三八四二、です」


それに数分遅れて筆算していた者が解答を示す。


「九二七九二八三八四二・・・正解です」


教皇は上機嫌で席を立ち、リーシャに問う。


「枢機卿の弟子、リーシャ・セロニアス」

「実に見事、可憐にして豪胆、惜しむらくは、その義足」

「それだけの才があれば、それも気にならぬか」


リーシャは少しばかり、間を溜めてから、


「私は女でございますので、才と脚を天秤に掛ければ、健やかな脚を望みます」

「今となっては、良き師に巡り合えたことで、心を痛めることもなくなりましたが」


勿論、それは用意しておいた解答だ。


「そうか、そうか・・・済まないことを聞いてしまったな」

「久しぶりに良いものを見せてもらった」

「私にも推し量れない其方の痛み、私から『混沌(アビス)』の称号を授けよう」

「しかし、リーシャ・セロニアスよ」

「二度と私の度量を試そうなどとは思わぬように、な」

「あまりに賢過ぎると長生き出来ぬぞ」


リーシャは肝が冷える。

温厚な好々爺にしか見えない貌の下に隠した、底知れない(はらわた)

流石は、フェルテス・アルメイザス・・・戦後の焼け野原で育った怪物。


ワイズリートも又、涼しい顔の下、不快な汗に身体を湿らせる。

正直、舐めていた、と、認めざるを得ない。

だが、なんとか乗り切った安堵。


帰ったら(ぬる)いお茶で喉を潤したいものだ。


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