教皇謁見
何処から洩れ伝わったのか。
落ち葉が舞い始める十月の末。
ジェネトリウムに苦虫を噛み潰したような顔のワイズリートが来訪した。
「リーシャ、面倒なことを頼むことになった」
「教皇様が、きみに会いたいと言ってる」
確かにリーシャの成績は素晴らしい。
だが、歴代の中央神学校の生徒の中にも、通年主席などザラにいる。
リーシャの目の前にいるワイズリートも、その一人だ。
在籍した四年間、一度も、誰にも主席を譲ったことはない。
そのワイズリートでさえ、学生時代に教皇から謁見を求められたことはない。
恐らくは文化祭に来ていた貴族の誰かが教皇の耳に吹き込んだのだろう。
「十一月五日、生誕祭」
「体裁としては、私の弟子・・・と、いうことになっている」
ワイズリートが言いたいのは、媚びることなく教皇の機嫌を取れ、と。
なかなか面倒な話だ。
「ショットの弟子として、ですか」
「では、聖書の暗唱などが良いですね」
「その場で確認も出来ますし、聖職者の弟子としての基礎知識」
成程、と、ワイズリートはリーシャの申し出に応じる。
・・・
この世界の聖書は、初代教皇が広めたとされる原聖書。
その弟子たちの継承の苦難を辿った伝聖書。
そして民間に寓話を交えて伝えるための平聖書。
その三つの聖書の中でも、やはり知識としては原聖書が好まれる。
リーシャは既に三つとも暗記済み。
これは見物だとワイズリートはほくそ笑む。
だが、あまりにやり過ぎれば、教皇がリーシャを欲しがるのは必然。
それだけは、困る。
「リーシャ、謁見の際には、私の注文通りの服装を」
ワイズリートが考えたのは、危険な策。
下手をすれば教皇の反感を買いかねない。
しかし、ここまで来てリーシャを奪われたくはない。
・・・
リーシャに用意されたのは、黒い聖衣。
教会でそれを纏うのは、暗部を担う者のみ。
つまりは、リーシャを自分の子飼いの暗殺者として謁見させるという奇策。
これならば、教皇がどれだけリーシャを欲しがろうとも、教皇庁はそれを許可しない。
教皇は絶大な権力を持つが、教会の象徴として聖者でなければならない。
聖者が暗殺者を傍に侍らせるなど、言語道断。
「なかなかに素晴らしい衣装」
「きみの白い髪が殊更美しく見える」
「それに大人びて見えるのもいい」
ワイズリートに褒められれば、リーシャはそれだけでいい。
「無礼討ちされないように言葉は気をつけろ」
「とか、アドバイスはないの?」
「ショットが一緒に死んでくれるなら、構わないけれど」
その心配は無用だ。
「私は日頃から、真面目な聖職者だよ」
「それに私を粛清して困るのは教皇庁だ」
「つまり、私も、きみも、ちょっとやそっと目立つくらい、どうということはない」
実際、ワイズリートの代わりになれるような人材はいない。
教会という組織は、なかなかに金の掛かる組織だ。
その費用を手練手管で捻り出し、中央大教会だけでなく、教皇庁をも支える屋台骨。
ワイズリートの頭脳なしでは、首都の教会機能は成り立たない。
「しかし、この衣装と、この靴では、融合義足が丸見えだが、良いのか?」
リーシャに用意された少し踵の高いパンプス。
それは素足が前提の履物。
「見せるために、それを選んだのさ」
「聖女とは完璧であってはならない」
「完璧以上でなくてはならないのだから」
リーシャには、ワイズリートの言葉の意味はわからない。
だが、そういうのであれば、間違いないのだろう、と、微笑む。




