演技のトラウマ
キュヴィエから渡された台本。
それをさらさらと流し読みするリーシャ。
悪の商人役は、主役たちと並んで台詞が多い。
上演時間は一時間以上。
特待クラスだけは、他のクラスの倍の時間が与えられているのだ。
序盤に関しては、ほぼリーシャの一人芝居と言っても過言ではない。
「悪魔だと?」
「私は真っ当な商売人、そんな詐欺まがいの品を扱えるはずないだろう?」
「何が好きか?」
「勿論、金だ!」
リーシャは、まだ身振りも表情も演じていないというのに、声音だけで皆が迫力に圧される。
まるで劇ではなく、本当の出来事のような息遣い、間の取り方。
腰掛けたまま台本の稽古をするだけで、皆が息を飲む。
序盤では目立たない主人公たちは、この演技よりも迫力を出さなければならない。
それに囚われれば、すっぽりと頭から台詞が消えて、真っ白になってしまう。
キュヴィエは必死に台本を睨む。
「あなたはどうして、こんな場所にいるの?」
「それは・・・あなたの手に持っているそれは・・・偽物の宝剣」
「こんなこともあろうかと、すり替えておいたのよ」
「やはり・・・あなたが・・・」
正体を見破る場面が、どうしてもわざとらしく聞こえてしまう。
リーシャはそれをも気にせず、
「いやぁ、見られてしまいましたか」
「くっくっくっ、こんなことなら・・・」
「いや?今からでも間にあうか・・・そこの女!」
「おまえを亡き者にしてくれよう、ふふっ」
寒気のする台詞の直後に、悪魔祓い師役のメルダーが勇ましい声を上げる。
「やらせはしない」
「私がここに居合わせたのが、貴様の運の尽き」
「この聖水を浴びてみよ」
リーシャの喉から断末魔の絶叫が絞り出される。
「ぅぎぃやぁぁあああ、ぅお、おのれぇぃ、焼ける、焼けてしまぅ」
「私はいつの間に悪魔にぃ・・・ああああ、じにたくなぃい」
そしてメルダーの留めの一撃。
「金の亡者よ、貴様の野望はこれで終わりだぁ」
リーシャの迫力に圧され本番さながらの声色を出すメルダーも汗まみれだ。
一回の通し稽古で、皆、随分と消耗している。
ただ一人キュヴィエだけが、周りの空気についていけない。
「もう一度、私の台詞からでいいから、もう一度やらせて」
キュヴィエ本人にも自覚がある。
自分が劇の完成度を下げているのだと。
(今まで沢山の歌劇を見てきた)
(学芸会では何時も主役で、沢山の拍手を貰ってきた)
(リーシャに、獣人なんかに負けてたまるもんですか)
何度も演じ直して、周囲の反応を見る。
しかし、その場で見守る面々の顔を見れば、自分の演技が駄目なことを察する。
(どうして?私は上手に台詞も言えてるし、身振りも、表情もちゃんとしてるはず)
(なんで、皆、そんな顔をするの?)
言うまでもなく、この劇は序盤の台詞回しでそれ以降のハードルが上がっているのだ。
歌劇役者の真似事では、誰もキュヴィエの演技を上手いとは思わない程に。
連日の稽古で、皆の演技力はかなり重厚になってきた。
最初と比べれば、キュヴィエの演技だって素晴らしい。
しかし、観客の立場になれば、リーシャの序盤の一言、二言の台詞で、既に劇に引き込まれてしまっているのだから、どうしてもキュヴィエの演技がもどかしい。
残りの練習日も少なくなり、いよいよ、リーシャも立ち上がって身振りを絡めた演技練習をするようになった。
必死の努力で少しづつ埋めつつあった差が、その日、到底近付けないものであると、キュヴィエの中で確信に変わる。
自分には主役を演じるだけの才能がないと、ついには床に額を打ち付ける。
「キュヴィエ、その顔だ」
と、リーシャが言ったのは、苦悩に目を見開いた表情。
己の指で、どんな顔をしているのか確かめるようにキュヴィエは両手で顔を覆う。
「あは、あはは、これ、これなんだね」
「私、変になっちゃう所だった」
「あは、うん・・・わかったわ」
「本番ではちゃんとやるから、ちょっとだけ休ませてね」
集中力の途切れたキュヴィエが失神し、取り巻きが慌てて介抱を始める。
・・・
本番の公演は大絶賛。
「いやぁ、セロニアスの演技・・・やばかったなぁ」
「みんな上手だったね、さすが特待クラス」
「本当にね、主人公の子も、すんごい顔してたし」
「来年もまた見たいね」
そんな感想を聞かされた所で、キュヴィエは二度と主役などごめんだ、と、思った。




