七月の旅
リーシャは期末試験でも主席の座を守り、ワイズリートは約束通り、リーシャの休学の申請と教会の旅客専用車を手配した。
七月。
雨は時折降るが、既に夏の暑さも感じる。
豊穣の雨の時期が過ぎれば、蝉の声が聞こえ始めるだろう。
まだ日も低い早朝、リーシャとシュラインは、片道五日間、ウィトプラナまでの旅に出る。
「なぁ、まだ悔いているのか?」
と、シュラインが、表情を無くしたリーシャに問えば、
「悔いていないわけがありません」
「でも、悔いているだけじゃダメだということもわかっています」
会話は続かない。
シュラインが独白のようにリーシャに語る。
「私はね・・・幼い頃に母を亡くしたんだ」
「父は魔道研究ばかりで、私を少しも気に掛けちゃくれなかった」
「構って貰おうと、随分、悪戯をしたもんさ」
「でも、叱ってさえ貰えなかった」
「振り向かせるために何が必要か、悩んでね」
「なんにも見つからないから、修道女になってみたのさ」
リーシャの耳がぴくりと動く。
「あんなの、普通の人間がやるような仕事じゃない」
「衣食住の拒絶・・・清貧とか言って、年中同じ服を着て、質素な食事をして、固いベッドと薄っぺらい毛布・・・冗談じゃない」
「なんで自分から、そんなことをしなくちゃならない」
「それでいて、他人には善意を?」
「じゃあ、自分には何をくれるってんだ」
「まるで釣り合わない天秤に嫌気が差して、結局、魔道の道さ」
少しばかりリーシャの顔が綻ぶのをシュラインは楽しく思ったのだろう。
「で、わかってしまったんだ」
「魔道というものが如何に面白いかということをね」
「ひとつの作用を与えれば、何かが欠ける」
「魔道は天秤が釣り合う」
「世の中ってのは、誰かが得をすれば、誰かが損をするんだ」
「いらないものをいるものに置き換えれば、両方が得をする」
「逆も然り、いるものをいらないものに置き換えれば、悲劇しか生まれない」
「それを自分が選択できるようになると、神様になった気分になれる」
「まぁ、罰当たりで、外道で、くそみたいな驕りさ」
「それでも誰も救わない神様よりは役に立つよ」
リーシャが口を開く。
「ええ、先生は罰当たりの外道です」
「ですが、私に走れる脚をくれた」
「死ぬほど辛い痛みと引き換えにですけれど」
「一度、あの痛みを先生も味わってみては如何ですか?」
冗談には聞こえない眼差しでリーシャが言えば、シュラインの顔が蒼褪める。
「私は、あんな壮絶な痛みと引き換えに欲しいものなんて、ないよ」
「我慢できるとも思えない」
「他人事だから、喜んで魔道を使えるんだ」
「外道だからね」
少し沈黙した後、リーシャは嗤う。
シュラインに初めて見せる悪意の表情で。
「私にも理解出来ますよ」
「あの夜、私には明確な殺意があった」
「自分のほうが強いという自覚、一方的に蹂躙出来るという判断力も」
「そして、私は暴力を行使した」
「殺される側のことなんて、微塵も考えずに」
「一人と六人じゃ、天秤の傾きは逆なのに、ね」
「もう、私も外道です」
馬の蹄の音、夏の日差し、温い風。
「ああ、それでいい」
「正義や倫理なんて弱者の戯言だ」
「きみは最強に至る覚悟を得たようだね」
リーシャは、その言葉に小さく頷く。
「・・・弱さも罪ならば、強さもまた罪」
「何処までいっても、この美しい世界は度し難い」
「私の戯れに付き合って頂いて有難うございます」
「私が誰かのために泣くのは、この旅を最後にします」
シュラインは、
「そうか」
と、呆れるような溜息と共に一言だけ吐き出した。




