凍てつく感情
アリスの遺体は、棺に入れられ氷結の術式を施して故郷に送られた。
学舎の生徒たちには詳しい説明はされなかったが、教室の空席には花瓶が置かれた。
中間試験の主席はリーシャ。
そのリーシャは、あの日から心を閉ざしたまま。
必要最低限のコミュニケーション、それを踏み越えようとすれば眼光で制する。
それは『友人などいらない』という、明確な意思表示。
・・・
術式を行使しようとしたことで、リーシャの疑似神経の一割が失われていた。
穏やかだった痛みは、また、リーシャの身体を苛み始める。
眠れない夜は、記憶した英雄譚を頭の中で朗読し、気を紛らわせる。
どんな物語でも、当たり前のように小さな受難が描かれている。
まるで人々は生まれながらに罪を背負っていると言わんばかりに。
自身に降りかかる受難。
それは他の者に比べれば、少しばかり過剰なのかも知れないが、ただ、それだけだ。
『痛ければ、痛い程、いい』
狂いそうな痛みの中で聞いたシュラインの言葉。
思い出す度に、怒りがこみ上げる。
自分自身で味わってみろと、部屋中を滅茶苦茶にしたくなる。
「アリス・・・痛かっただろう・・・私も痛いよ」
「まさか失って初めて、きみが私の大切な友人だっと気付くなんてね」
哀しみを忘却するには、リーシャの脳は優秀過ぎる。
詩編の一節さえ忘れないのだから、交わした言葉も、その時の表情も、声音も、覚えている何もかもが色褪せない。
そして、それを捻じ伏せる意志の力がリーシャの生存を支えている。
『最強を目指している』
と、友人に語った言葉を嘘にしてはならない。
今となっては、それがたった一つの存在価値。
食事に文句を言うこともなく、甘味に手を出すことも減った。
代わりに増えたのは、身体の鍛錬や瞑想。
ワイズリートに甘えることさえも、少なくなった。
・・・
六月、リーシャの十二才の誕生日。
食卓にならぶ豪華な料理、プレゼントには余所行き用の可愛らしいドレス。
以前ならば目を輝かせて喜んでいただろう。
「お祝いして頂き、感謝します」
淡々とした口調で礼を述べ、何時もと変わらない仕草で食事をする。
ワイズリートは少しばかり顔を顰め、
「他の欲しいものがあれば用意するよ?」
と、リーシャに問えば、
「では、期末試験が終わりましたら、少し暇を頂きたい」
「友人の墓参りに出掛けたく思います」
その返事に、
「ならば、私が同行しよう」
「面倒事に巻き込まれぬように、ね」
と、シュラインがウィトプラナまでの旅に付き添うと言う。
思えばセロニアスの集落からアーシアンに来て、物見遊山をさせたことがない。
ワイズリートは快く、リーシャの申し出を受け入れた。
「行っておいで」
「多分、その友人もきみに会いたがっているだろう」
所詮は自己満足。
今頃、アリスは墓の下で腐り果てる最中。
生者が死者をどれだけ美化しようと、土を掘り返せば現実が白日に晒される。
汚いものに蓋をして、その上から美しい物語を被せても、報われるのは生者だけ。
何処まで賢くなったとしても、人は愚かだ。
自分の罪を軽くするためには、手段を択ばない。
リーシャは思う。
まだまだ、自分も愚かだな、と。




