誰のせいでもない雨が
その日、リーシャはアリスと会わなかった。
どうやら学舎を欠席したようだ。
授業の合間の休憩時間になれば、自分の席にやってくる賑やかな少女がいないと、違和感がある。
「フォルトナーさん、行方不明らしいよ」
リーシャの鋭敏な聴覚が、誰かの発した言葉を捉えた。
必然、その噂話をしているグループに声を掛ける。
「済まない、少しばかり私にも、その話を聞かせてくれないか」
心の中でざわつく感情がある・・・不安だ。
アリスの身に何かが起きたということに対して、自分自身が『心配』していることに気付く。
「昨日の夜から下宿に戻っていないみたい」
「さっき衛兵と先生が話していたのを聞いただけなんだけど」
その言葉でわかったのは、半日程の所在不明という状況。
ウィトプラナに帰るにしても、突然過ぎる。
頭に浮かぶのは事故か、犯罪に巻き込まれたという推定。
(アリス・・・何処にいる?)
状況がわかった所で、リーシャに出来ることは何もない。
しかし、のんびりと読書をする気にもなれず、その日は、ジェネトリウムに直帰した。
通学鞄もそのままにシュラインの研究室の扉を開け、開口一番、
「先生、友人が行方不明なんだ、どうしたらいい?」
シュラインは、リーシャの質問を飲み込むまでに少しばかり時間が掛かった。
「きみ、友達いたのか?」
「ああ、今はそんなことより、その子が行方不明ってことが大事だね」
「ふむ・・・生徒にも漏れ伝わっているなら、もう、衛兵は動いているだろうし」
「きみは彼女が居そうな場所を知っているのか?」
リーシャは首を横に振る。
「では、私達に出来ることはないよ」
「私達が捜索に加わった所で、衛兵にしてみれば足手纏い」
「出来ることは、無事でいることを祈るくらいだね」
当然の答えだ・・・リーシャにもそれくらい分かっている。
でも、シュラインならば、凄い道具か、或いは術式で解決してくれるという、僅かな期待があっただけ。
「先生でも無理なら、私には到底無理だね」
「大人しくアリスの帰りを待つよ」
窓の外を見れば、何時の間にか雨が降り出していた。
ただでさえ不安な気持ちが、一層、重く感じる。
「ちゃんと雨を凌げる所にいるだろうか・・・」
何度も、何度も同じことを考える・・・否、それしか頭に浮かばない。
このもどかしい感情は、何故、私の思考を邪魔する・・・。
何故、こんなにアリスのことが気になるんだ。
夕食のテーブルに現れたリーシャの表情には焦燥が滲む。
「食べろ」
「もし、何かするにも自分が動けなければ話にならない」
「人助けがしたいなら、食べろ、そして寝ろ」
そう言われた所で、食欲は出ない。
リーシャは頭の中に詰め込んだ知識を片っ端から再生する。
「痕跡探知のスキル!」
それはスティーラーやリッパーのクラスに備わる稀なスキル。
冒険者ならば持っている者もいるだろうが、リーシャやシュラインには無縁のもの。
「冒険者ギルドで依頼すれば、見つかるかも知れない」
リーシャの発言に、シュラインが冷たい声を浴びせる。
「もうすぐ一日が経過する・・・残念だが、痕跡は追えないだろうね」
「術式やスキルってのは万能じゃない」
「それに・・・」
シュラインは、その先を言うのをやめた。
もう、無事ではいないだろう・・・最低でも嬲り者にされているか、或いは臓器を抉られているか・・・。
思春期の少女が行方不明になる、と、いうのはそういうことだ。
リーシャが憤る。
「無理無理無理、無駄無駄無駄、何故、先生は否定ばかり!」
「私は助けたいんだ!」
「力を貸して欲しいんだ!」
シュラインは掌で、リーシャに座れと命じる。
「甘えるなよ、リーシャ・セロニアス」
「私が力を貸すのは、きみを最強にすることだけだよ」
「他人の命など知ったことか」
「魔道研究者である私が、何故、きみの友人を助けなければならない?」
「私にどんな得がある?きみは何のために生きている?」
そこまで突き付けられたならば、
「わかった、私がやる」
「私がアリスを探して助ける」
「先生には頼まない」
テーブルの食事をそのままに、リーシャは制服のまま雨の中へと走り出す。




