変化の兆し
その日を境に、アリスはリーシャを見かけると、声を掛けるようになった。
他愛のない挨拶から、ちょっとした発見、食事への誘い。
その一つ一つが、リーシャから僅かに時間を奪っているのに、不思議と不快ではないことに気付く。
気が付けば、自分もアリスに声を掛け、思いついた冗談を言い、随分と『友達らしく』なってきた。
周囲の者たちも、リーシャの変化に少しづつ興味を示した。
ただでさえ端正な顔立ちのリーシャが微笑めば、少年たちは鼓動を早くする。
自分たちが遠ざけていただけで、別にリーシャに問題があるわけではないと、理解し始めたのだ。
次第に皆が、普通にリーシャに声を掛け、リーシャも又、普通に答えるようになった。
しかし、相変わらずなのは、率直すぎる物言いと自分の時間を邪魔されたくないという欲求。
リーシャにとって面倒事が増えたのも事実だ。
「もし、良ければ付き合って下さい」
と、無謀にも告白する少年は、悲しい目に遭うことになる。
「面倒だから遠慮する」
その一言で沈黙するしかない。
同性の誘いに対しても、
「私も友達になりたいのだけれど、いいですか?」
と、問われれば、
「別に構わないけれど、何も変わらないよ?」
「一緒に遊ぶことはないし、悩み事を相談されても困る」
「知り合いじゃ、だめなのか?」
等と返されれば、当然、凹まされる。
それでもリーシャの人気は全く落ちないのだから、皆、外見に騙されているとしか言えない。
リーシャと上手に付き合っていくには、その性格を知る必要があるのだ。
そろそろ中間試験がやって来る。
皆が追い込みをしている中で、リーシャは相変わらずの図書館通い。
気になった書物を片っ端から物色し、凄まじい速度で読み終えてゆく。
「術式理論・・・魔力は随分と強くなったけれど、肝心の術式がないんじゃ話にならない」
その本の著者を見て、リーシャは少しばかり微笑む。
『アルピーヌ・シュライン』
ワイズリートの恩師、そしてレナ・シュラインの父。
時間の壁を越えて、その言葉が自分にも届いていると思うと、じわりと胸に広がるものを感じた。
その感情、
『感動』
と、人が呼ぶ魂を揺さぶるような強い刺激。
・・・
夕食のテーブルで、
「今日、シュライン先生の父上の書いた本を見つけたよ」
と、シュラインに話せば、
「ああ、ワイズリートが枢機卿になって、禁書扱いが解かれたんだっけ」
「私も持っているよ、原本をね」
「でも、結局の所、理論は理論さ」
「術式を習得していなければ何の価値もない」
その言葉に、リーシャは珍しく反論する。
「理論を知らなければ、発展させることは出来ないよ」
「私は、今日、先生の父上の書いた本を読んで、そう感じたんだ」
シュラインは、ふっと小さく笑って、
「準備は必要だけれど、絶対に先走りはダメだ」
「あと一年半」
「きみが術式を獲得するための準備は、ワイズリートがちゃんと用意してくれてる」
「間違っても、半端に術式を行使しようなんて考えるなよ?」
「きみが保有する魔力を暴走させたら、確実に死ぬ」
リーシャの中に芽生えていた術式獲得への欲求をシュラインが制する。
思えば、それは警告のようなものだった。
リーシャは、シュラインの言葉を軽く考えていた。




