アリス・フォルトナー
ワイズリートは独り身。
アーシアンの郊外に実家はあるものの、家督は兄が継いだために家に居場所がない。
枢機卿という立場だけに自身の邸宅もあり、実家に戻らなくとも不自由はない。
さらに言えば、他の枢機卿と同じようにワイズリート家も、聖職者の血筋。
古い伝統を重んじる父や兄と、革新的な魔道を好むワイズリートでは反りも合わない。
「実家に帰らなくても良いのか?」
と、リーシャに尋ねられれば、少しばかり巫山戯て、
「実家に帰っても良いのか?」
と、問い返す。
リーシャは頬を膨らまし、自分の都合を押し付けて甘える。
「実家になど帰らなくても死にはしない」
「私など帰る実家もないのだから、ショットもここで過ごすべきだ」
年始の打鐘だけは教会に出なければならなかったが、ワイズリートの年末年始は、ジェネトリウムの自室で過ごした。
・・・
新年から七日が過ぎれば、学舎の授業も再開される。
この学校には宿題というものはないが、休みの間に予習を欠かす者のほうが少ない。
連合国に数ある神学校の中でも、最も歴史が古く、名門と呼ばれる中央神学校。
遠方から下宿してまで学校に通う者もいる。
総じて遠方から来た者は努力家。
この首都では物価も高く、送り出す両親の負担は小さなものではない。
それに応えるべく、勉学に励んでいる。
リーシャが図書館でよく見かける、アリス・フォルトナーも遠征組の一人だ。
同じ特待クラスで、成績も上位。
新年早々に、そのフォルトナーから声を掛けられた。
「少し、お時間よろしいかしら?」
その声が、自分に向かって発せられたとは思わないリーシャは、くるりと周囲を眺めた。
自分の他に周りに誰もいない。
そこで初めて、フォルトナーが自分に声を掛けたのだと気付く。
「ええ、私が本を選ぶ間であれば、どうぞ?」
と、本棚に視線を向ける。
当然、フォルトナーは怒る。
「あのね、会話は相手を見てするものよ?」
「主席だというのに、そんなことも知らないのかしら?」
ああ、そうか、と、フォルトナーに指摘されて気付く。
「では、きみのために裂く時間はなかったことにしてくれ」
「済まないね」
謝罪なのか、挑発なのか、よくわからないリーシャの返答にフォルトナーは呆れる。
「少しお話がしたいので、お時間を作って下さらない?」
「これで、よろしくて?」
リーシャは、ワイズリートの言葉を思い出す。
『自分を好ましく思う相手がいたならば』
それを確認することで、答えを出すことに決めた。
「フォルトナーは、私に好意を持っている?」
突然、同性から『好きか』と尋ねられれば、羞恥でフォルトナーの頬が染まる。
「べ、別に好きだからっていうわけじゃなくて、話してみたいって思っただけ」
「それじゃ不満かしら?」
リーシャは思わず吹き出してしまう。
「あはは、いいよ」
「不満ではないし、私もきみに興味を持った」
「午後の授業の後、場所は・・・寒くない所・・・食堂にしようか」
初めて見るリーシャの笑顔にフォルトナーは目を奪われる。
無表情でも美しい造形が、笑顔になればそれは圧倒的な魅力。
我に返った時には、既にリーシャは踵を返し、本探しに夢中。
友達になりたい・・・フォルトナーの心がリーシャの笑顔で一杯になった。




