得れば、失う
痛みは一週間程続いたが、リーシャはそれに打ち勝った。
たったの一週間だが、ずっと手術台に拘束されていた下半身。
「立てない」
「脚が震える・・・力が入らない」
手摺に掴まり数分を掛けてやっと立ち上がることが出来た。
予想以上に筋力が足りていない。
シュラインは、血肉となりやすい食物を病室に運び込む。
「食え、とにかく食え」
「そして、立って歩く練習をしろ」
「寝すぎて鈍った身体を叩き起こすんだよ」
「義足が馴染めば、大地から魔力の供給が始まる」
「それにはまず、立てなきゃ話にならない」
リーシャは、吐く寸前まで胃に食物を入れ、ひたすらに手摺に向かう。
その回復力は流石、たった二日で歩けるまでになった。
「まだ、思い切りは走るなよ」
「今はまだ柔軟体操や、バランス運動で義足を馴染ませることが優先だ」
「小走りや、片足立ちもいい」
細すぎた体形は少しばかりマシになり、十分な食事の成果か、肌艶も良くなった。
その様子を見ていたワイズリートが、
「おや、見違えたね」
「顔の作りは良いとは思っていたが、なかなかに美人じゃないか」
「将来が楽しみだね」
等と茶化せば、リーシャは恥ずかしがる代わりに胸を張る。
そしてハスキーになってしまった声で、
「美しさでも最強になれれば、怖いモノなしだね」
「そろそろ走ってもいいかな?」
シュラインも、ワイズリートも、笑顔でそれを許可する。
「我慢も限界だね」
「でも、最初から遠くまで行くのは勘弁してくれ」
冬の冷たい風の中。
吐く息も白い。
ジェネトリウムの中庭、数百メートルの全力疾走。
リーシャが待ち望んだ瞬間。
視界が狭くなる程の速度に心が躍る。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「凄い、凄いよ・・・本当に走れた・・・私が自分の脚で走れた!」
飛び跳ねて喜ぶリーシャ。
そして、それに水を差すように、新たに待ち受ける受難。
「脚はすっかり良くなったみたいだね」
「まずはおめでとう」
ワイズリートの穏やかな笑み、そしてシュラインの険しい表情。
「じゃあ、次のプロセスを開始しよう」
喜びから戸惑いにリーシャの表情が変わる。
「次?」
「また、痛いやつ?」
シュラインの少し歪な笑みが、リーシャの目には殊更醜悪に映る。
「痛いか?」
「と、聞かれれば嘘は吐けないし、誤魔化したくもない」
「ああ、痛いね」
「でも、安心するといい」
「融合義足の手術程は痛くないさ」
ワイズリートから、笑えない冗談のような提案がされた。
「きみの子宮に術式回路を埋め込むんだよ」
「他の場所では機密が漏洩するからね」
「きみには子供を産むことを諦めてもらう」
・・・リーシャは沈黙のまま立ち尽くす。
確かに自分は不出来者、子供を産めば、その子にも奇形が遺伝するだろう。
だからと言って、子供が欲しくないわけではない。
シュラインの技術があれば、いずれ、もっと穏便な方法で奇形に対処できるかも知れない。
子宮に術式回路を埋め込む・・・子供を諦めろ・・・。
しかし、リーシャは約束した。
この命はワイズリートと共にある、と。
一粒の砂糖菓子で自分を売り渡したのだ、と。
長い沈黙の末、リーシャは笑顔で頷く。
「いいよ・・・どの道、私からは不出来者しか生まれない」
「子供にまで、こんな業を背負わせるくらいなら、私は子供を産めなくてもいい」
「私はショットのものだ」
「好きに使えばいい」
「だから・・・必ず、私を最強にしてほしい」
ワイズリートの提案を受諾しても、本能がそれを拒否するように、リーシャの深緑の瞳から涙が零れた。
ひとつ得る度に、ひとつ失う。
全部得た時には、自分というものは残っているのだろうか。
頭に過った恐怖に抗うように、ただ、素晴らしい景色を見せてくれた鋼の脚を見つめる。
ふたつ目の受難が始まった。




