融合義足
小さな教会を出て、二人が向かったのはジェネトリウムと呼ばれる研究施設。
中央大教会の公式施設ではなく、ワイズリートの私財によって運営される教会非公認の魔道研究施設だ。
「この子が新しい実験体、否、聖女候補かい?」
「随分と草臥れて、生気の薄い子だが・・・大丈夫か?」
厳めしい顔つきの年配女性は、レナ・シュラインと言う名で、ワイズリートの恩師の娘ということを後に聞かされた。
「この子に融合義足を作ってくれないか?」
シュラインはワイズリートの言葉を鼻で嗤う。
「脚、ついてるじゃないか、健康な足をぶった切って付けろとでも?」
ワイズリートが、リーシャにブーツを脱ぐように指示した。
おずおずとリーシャは、言われた通りにする。
「・・・!」
「そうか・・・済まなかったね」
「今まで大変だっただろう」
「私が義足を作れば、当然、走れるようになるよ」
「それも、並みの人間では追い付けないくらいの速さでね」
「だが・・・問題もある」
リーシャは唾を飲み込む。
「融合義足」
「つまりね・・・丈夫な鋼の義足はきみの脚と融け合って一つになるんだよ」
「人間の身体には、『拒絶反応』という自己防衛機能があるんだ」
「手に釘が刺さった所で、普通は釘が手の一部になるなんてことはない」
「それを魔道の力でコントロールして、鋼をきみの脚と馴染ませる・・・融合させるんだ」
「当然、痛いよ」
「どれくらい痛いかと言えば、それこそ、釘が幾つも刺さっているくらいに痛い」
「おまけに麻酔や感覚遮断術式を使えば神経と金属の接合が甘くなるから、使えない」
「つまり、数日から長ければ一月、きみは凄まじい痛みに耐えなくてはならない」
リーシャは小さな口から、可愛らしい悲鳴を上げる。
「それでもいいなら、私は力を貸そう」
「どうしても耐えられなくなったら、感覚遮断や麻痺の術式も使える」
「但し、それを使ったら最後、きみの脚は何も感じなくなってしまうかも知れない」
「今以上の不便が待ち受けているよ?」
ワイズリートは、やはり、神の使いではない、と、リーシャは思った。
しかし、味わった幸せの分くらいは、頑張るべきだとも、思った。
「わかりました」
「ショット、あなたは私に最終的にどうなって欲しいのか、それを教えて下さい」
「どんな言葉でも、答えでも、受け入れます」
「でも、知らないままに命を捨てるのだけは嫌です」
「死地に飛び込むなら、己の覚悟を以て飛び込みます」
ワイズリートは、告げる。
「世界最強の術式使いを作り育てるのが、私の悲願だ」
「私の果たせなかった夢、それをきみに託したい」
リーシャは考える。
世界最強・・・兄達も、父をも超えること?
もし、それが出来るならば、さぞかし痛快だろうな、と。
自分を見限り、捨てたセロニアスより強くなれるならば、何も迷うことはない。
「その使命、必ず成し遂げる」
「この命はあなたと共に」
私の命の値段は砂糖菓子一粒。
勿体つけるのさえ烏滸がましいというもの。
死を受け入れただけならば、ここまでの覚悟は決まらない。
しかし、自分に何かを期待してくれるならば、自分にも存在価値があるならば、挑むしかない。
十一才の少女が自分で決断するにはあまりにも悲痛。
リーシャは、何故か、耐えられるという確信があった。
耐えなくてはならないという悲壮感よりも、耐えた後のことを夢想した。
姉のように草原を駆け抜ける自分を想像すれば、心が温かくなる。
自分を不出来者にした脚が万全となれば、きっと、余裕も生まれる。
痛みを克服する自分の姿をはっきりと描くことが出来た。
「シュライン先生」
「私に新しい脚を下さい」
「痛みに負けたりしません」
シュラインは大きな溜息と共に頷く。
「わかったよ」
「きみは自分で決断した」
「あとは私に任せておけ」
「融合手術は絶対に成功させるから、安心しろ」
翌日、午後から手術の準備が開始された。
鋼の外殻を水銀と銀糸で繋いだ義足。
その型を取るために、まずは石膏がリーシャの脚に巻かれた。
そして、欠損している親指と小指は、他の指とのバランスを考えて、シュラインが設計した。
リーシャはまだ成長の途中にある。
今回の手術が上首尾に運んだとしても、十四才になる頃には新たな義足が必要になるだろう。
それでもすぐに手術をしなければならないのは、これからリーシャに待ち受ける試練には融合義足が必要となるからだ。
三十六人目。
それは、過去に三十五人の少女が成し得なかった最強の術式を持つ『聖女』という幻想。
その具現化への第一歩が踏み出された。




