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氷結のシャアリィ  作者: 黒猫テラス運営部
外伝・受難の聖女編
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三十六番目の少女

リーシャの修道女としての生活が始まった。

日の出前に起き、質素な食事を摂り、午前の奉仕活動。

昼食、午後の奉仕活動或いは勉強会、夕食、少しばかりの自由時間、そして就寝。


食事を作るのは当番制だが、その内容は指定されている。

誰がどう作ったとしても、美味しくなるわけではないが、手を抜けば台無しには出来る。

市井から寄付される品々のうち、末端の修道女教育機関に回ってくる食料はろくなものがない。

その質も、量も、育ち盛りの少女達にはまるで足りない。


自分の自由になる金銭はなく、銅貨数枚で売られている飴さえも口に出来ない。

そんな貧しさの中で、誰にでも優しくしろと言われても意味がわからない。

リーシャの心は日毎擦り切れていった。


何度も、何度も、逃げ出したいと思った。

しかし、逃げた所で行く宛てもなければ、生きていけるとも思えない。

時には自ら命を絶とうとも思った。


「不出来者と嗤われてもいい」

「セロニアスの村に帰りたい・・・」

「どうして、私がこんな目に遭うの?」


独りになると、そう口にしなければやりきれなかった。

清貧とは何なのか。

肥え太った神父を見る度に虫唾が奔る。


そんな生活も一年が過ぎようとしていた。


「きみがリーシャ・セロニアスだね?」


ある日、来訪した紳士に問われ、その質問に肯定を首だけで示した。


「辛いかい?」


そう問われた時、自分が情けない顔をしているのだと気付く。

否定しようと首を横に振るが、リーシャの目からは大粒の涙が溢れる。

もう、限界を超えていた。


「きみは三十六番目」

「私がきみに選択肢をあげよう」

「きみが頑張れば聖女になれる」

「そして、欲しいモノは大体何でも手に入る」

「まぁ、無理なものも結構あるかもしれないけれど」

「その代わり、きみの全ては私のものだ」

「もしかしたら、命を失うかも知れない」


リーシャは思った。

目の前の男は赤い詰襟の聖衣を着てはいるが、神の使いではなく、むしろ、その逆だと。

それは甘い誘惑でひとの心を唆す悪魔。

だが、今のリーシャにとって必要なのは、神ではない。


「わかりました」

「この命差し上げます」

「このまま生きるなんて、私には出来ない」


紳士は子供の様な無邪気な笑顔で、リーシャの眼前に拳を差し出す。

そして拳を開いた掌の上には、この一年、ずっと口にしたかった砂糖菓子があった。


「これを食べれば、契約成立」

「私はきみを砂糖菓子ひとつで手に入れる」

「つまり、これがきみの命の値段だよ」


伸ばした手は、迷わなかった。

小さな砂糖菓子が自分の命の値段だというならば、それでいい。

せめて死ぬ前に幸せな気持ちになりたい、と、リーシャは思ったのだ。


「いい子だ」

「私はショット・ワイズリート」

「これからはワイズリートでも、ショットでも好きに呼ぶといい」


リーシャは喉の奥で、その名前を呼んでみる。

ワイズリート・・・否、ショットのほうが、この男には相応しい。

そう思い、


「ショットさん、私はまず何をすればいいのですか?」


契約なのだから、砂糖菓子の対価をこの身体で支払わなければならない。

それは今よりもっと辛い事かも知れないし、酷い仕打ちが待っているかも知れない。

それでも、リーシャは決心、否、諦めたのだ。


「敬称はいらないよ」

「私が最初にきみにしてほしいことはね」

「きみの脚を治療させてもらいたい、と、いうことだね」

「それにはきみの許可が必要だ」


何を言っているのか、わからない。

生まれつきの奇形なのだから、治せるわけがない。


「私の脚は生まれつきなので、多分、それは無理かと」


だが、ワイズリートの笑顔は消えない。


「大丈夫さ、私に任せてくれればね」

「少し練習が必要になるだろうけれど、きみは走れるようになる」

「もっとすごい事だって出来るようになる」

「それよりも・・・」

「せっかくの砂糖菓子が溶けたり、壊れたりする前に食べるといい」

「大丈夫、また、あげるよ」

「だから、遠慮なく食べるといい」


リーシャは、カサカサになった唇を開いて、口の中に砂糖菓子を入れた。

口の中にじわじわと広がる甘さに頬が緩む。

何時も姉と一緒に食べていた甘味。


ワイズリートが、悪魔だろうと、なんだろうと、この味は間違いなく幸せの味。


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