海と陸を繋いだ先に
宣伝用の先行設置店舗として選ばれたのは、ファイヤー亭と『黒猫のテラス』。
勿論、シャアリィとアイシャの独断。
しかし、それぞれ理由がある。
ファイヤー亭は、常に炭火を使っているため、その熱は少なからず客にも及ぶ。
日没後開店なので影響は少ないが、それでも夏場は、皆、『暑い』と愚痴を零す。
そのせいで麦酒も飛ぶように売れるのだが、快適とは言えない。
『黒猫のテラス』は、言わずと知れた高級店。
富裕層の婦女子相手の宣伝には、最適の店。
おまけにシャアリィとアイシャの扱う商品であれば、多少高くても飛びついた。
つまり、純粋なる顧客第一号。
商売上手な『黒猫のテラス』は冷暖房完備を店頭に掲げ、集客に余念がない。
そして、宣伝用の手持ち式温風器は、領主通りの治癒院に併設された高級美容室に持ち込まれた。
髪を切った後、洗髪するという文化はまだない。
それは当然、濡れた髪を乾かせるためには相当の時間が必要になるからだ。
『快適洗髪サービス始めました』
という看板が美容室に掲げられると、流行に敏感な富裕層の若い女性たちの間で、すぐに噂になった。
「思った以上に、売れてわらう」
と、シャアリィは満面の笑みを作り、アイシャは、
「私達の儲けは減るけれど、まずは宣伝だよね」
商売人の顔で微笑む。
製品が出来上がれば、片っ端から売れる。
『エンダーベルト』という聞き慣れない地名に興味を示す者も増えた。
しかし、それが遠い絶海の楽園だと知ると、やはり、すぐにバカンスに行こうとはならないようだ。
最低でも、キャラバン移動で十一日、グリーンノウズから船で十四日。
しかも、乗り継ぎのタイミングが悪ければ十三日間、グリーンノウズで滞在することになる。
往復で二カ月以上もの時間を作れる人間は富裕層でも限られている。
こればかりは、地道に宣伝するしかない。
・・・
グリーンノウズの領主から、ジャービス共和国宛てに抗議文書が届けられた。
『貴国の海運商会による当領地所属の商会船舶への襲撃について』
と、いう書簡は、ジャービス共和国を揺るがせた。
海洋国家で国民一人当たりの生産所得は高いものの、アーシアン連合国と戦争になれば、人口も資源も少ないジャービスにとって一大事。
セブール商会にはアーシアン領海への航海停止が言い渡され、多額の罰金が科された。
セブール商会は、この数か月でグリーンノウズの拠点を失っただけでなく、捕鯨艦三隻、中型帆船五隻、小型帆船四十二隻とその乗員と幹部四名を失い、損失額は聖金貨三百枚にも及ぶ。
深追いすれば、さすがに商会の存続に関わると判断した、ウォルター・セブールは、グリーンノウズ及びアーシアン連合国から、完全に撤退することとなった。
・・・
シャアリィとアイシャは、予定通り、三度目のエンダーベルトへの航海。
まだまだ最適とは言えないながら、最初の航海と比べて海上輸送のコストが下がり、その収益は二度目の航海の五割増しとなった。
これからは、四ヵ月に一度。
そして、様々な仕事を商会の人間に割り振って、少しづつ自分の時間を取り戻した。
目下、シャアリィとアイシャの仕事は、魔石の採集。
さすがに魔石まで購入していたら、利益は随分減ってしまう。
そして、魔石の採集には、自分達以上の適任者もいない。
来年には新しい車両を増設する。
勿論、魔道動力機関搭載の『魔動キャラバン』だ。
現在海上輸送に使っている中型帆船から、大型帆船への切り替えもしなければならない。
そして、レリットランスだけでなく、グリーンノウズでも販売店舗を作り、製品の流通を拡大する。
「アイシャ、シャアリィ、お疲れ様」
「なんとか軌道に乗ってきたようだね?」
と、レオパルドに労われれば、シャアリィが笑顔で答える。
「こんなに早く収益化出来たのは、商会を丸ごと買うというレオの莫大な先行投資のお蔭だよ」
レオパルドは、
「いえいえ、その投資した元での半分は、例の事件で戻ってきましたし」
「私達は、本当にツイている」
「運というものを掴む秘訣、それは謙虚さだと私は思うんですよ」
「欲に目が眩むと、思わぬ所で躓いてしまいますからね」
アイシャは、レオパルドの言葉に深く納得する。
「なんとなくですが、わかります」
「人は一人で成せることには限りがありますから、皆の協力が必要です」
「協力してもらうには、やはり、レオの言う通り、謙虚さが大事」
「肝に銘じておきます」
落日が迫るマーメイド商会の会長室。
かつてグレッグが座っていた席は、レオパルドのものだ。
そして窓際の海が見える場所には、シャアリィとアイシャの机と席。
三人は久しぶりの祝杯を傾けた。
――― まだ始まったばかりの大商人への道。
慌ただしい日々を振り返れば、この仕事をして良かったと二人は思う。
社会貢献などという大袈裟なものではないけれど、皆が少しづつでも幸せになれたなら、自分達がしたことが報われる。
時には、苦労の割に得る物が少ないこともあるだろう。
それでも、二人は、今、充実している。
「次は何をしようか?」
そんなことをシャアリィが言い出すのは、何時も突然。
アイシャは、思う。
二人が一緒で自由ならば、それ以上の望みはない。
が、シャアリィが望むならば、勿論、それに付き合う、と。
今はただ、少しばかり長めの休息が欲しい。
夢は何時も時間と引き換え。
氷結のシャアリィ
大商人街道編 終幕 ―――




