商売人の頭の中
セブール商会捕鯨艦隊の襲撃はあったものの、それはただ一度きりのアクシデント。
そのアクシデントさえ、ドラゴン・スレイヤーに掛かれば脅威に値しない。
エンダーベルトに到着したのは出港から十五目の早朝。
「みんな、荷物の積み込みが終わったら明日の日の出までは自由時間だよ」
「とは言え、滞在中に問題を起こしたら容赦なく置いてくからね?」
シャアリィの舌足らずな呼び掛けに、口笛と拍手で答える船員たち。
港湾職員の誘導に従い、貿易埠頭に接岸。
立派な帆もこの時ばかりは役に立たず、船員総出で係留綱を引っ張って船を寄せる。
「おーらっ、せいっ!」
という勇ましい掛け声と共に滑り込むように接岸。
船の後方では鎖に繋がれた錨が落とされる。
そのまま少しばかり船は進み、緩やかに停止。
余剰の鎖を巻き上げ機で手繰り、踏板が下りれば複雑な手順の係留作業が終わる。
埠頭の倉庫には記号が書かれている様々な大きさの木箱が数十個。
まるで腹を空かせたクジラが魚の群れを飲み込むように、船倉の大きな扉が開くとそこにまた、沢山の踏板が渡されて、陸と船が一つになる。
「こういう作業に掛かる物も、全部、魔動式にすれば、みんな楽になるよね」
と、シャアリィが言えば、アイシャも、
「それはまた凄いね」
「でも、労働現場までが魔動式になれば、失業者が増えるんじゃないかな?」
シャアリィは首を横に振って、
「人手が余ったなら、新しいことが出来るじゃない」
「それに力仕事が出来ないひとだって、働く場所が増えるよ」
それもそうか、と、アイシャも納得した。
荷物の積み込みが午後には終わると聞かされ、シャアリィとアイシャは職人ギルドに向かう。
メイヤーに会って、二回目の取引契約を交わすために。
「インジェクターを商品化するまでの時間が不明ですので、次の取引は二カ月後」
「生産数はこれまでと同様で構いません」
アイシャが気にしているのは海上輸送のコストだ。
中型帆船と言えど、乗員は二十四名。
一日の日当は一人当たり平均、銀貨二十五枚・・・つまり金貨六枚。
片道十五日、一日の滞在を挟んで、往復で三十一日・・・人件費だけで金貨百八十六枚が消える。
そこに別途、飲食の提供や船のメンテナンスが加わる。
一回の航海で、最低でも金貨二百枚が必要なのだ。
陸路の経費は騎手二名の往復分二十日で金貨八枚。
仕入れは、インジェクター一つ当たり平均、銀貨五十枚、それが六十個で金貨三十枚。
製品化するには、さらに金貨三十枚程度が必要。
そこから導き出される利益なしの最低販売価格は、金貨五枚を下回る。
利益と領主府の税を乗せれば、先行販売価格は製品ひとつあたり、金貨十五枚と銀貨五十枚。
領主府の税は最初は少なくても良いが、魔動キャラバンに先行投資しているフランコへの還元は必須。
六百枚の金貨を三人で割れば、一回の航海からの利益はアイシャとシャアリィ合わせて金貨四百枚にしかならない。
勿論、利益率から言えば抜群と言って差し支えないが、シャアリィとアイシャならば、迷宮に潜れば金貨四百枚を稼ぐのに二十日程度あれば余裕。
これだけの手間暇を掛けるか、それとも命を懸けるか・・・。
仕組みさえ作ってしまえば、持続的に自動的に収益が入るのだから、労働は尊い。
今回の航海の収益化は、インジェクターの半分以上が製品になり、売却される必要がある。
商会の血液たる資金はレオの通常事業部門によって確実に増えている。
だが、二人の事業単体では、現状、流出するばかりで収益になっていない。
勿論、新規事業ならば当然のことだが。
このままの状態では、一年を待たずシャアリィとアイシャの資金が尽き、ここまでやってきたことをレオに全部渡さなければならなくなる。
ここから数か月が正念場。
少しばかり胃が痛む。
レリットランス領主府からの融資は受けられるが、それは最後のカードだ。
二枚目の契約証を受け取り、小切手を発行、そして受領証の受け取り。
日没までは間があるが、他に行く所もないので、アンナの工房へと足を向ける。




