破壊の天使
距離が縮まれば放物線の角度は鋭角となり、向けられる矢の速度は格段に上昇する。
フランコは馬車に潜む護衛達に、指示を出す。
「相手が矢を撃ち尽くすまで、私が囮となって凌ぐ」
「それまできみ達は待機だ」
元々弓など扱ったことのない連中の矢など、そうそう当たるものではない。
例え命中射線に飛んできたとしても、フランコがそれを躱すことに苦はない。
「そろそろ降参かな?」
「それだけの人数で撃って当たらないなら、きみ達に勝ち目はないと思うんだがね」
フランコの挑発に盗賊たちが苛立つ。
少しばかり距離を詰めれば当たるだろうと徐々に前進するが、まるで矢が来る場所を知っているかのように、フランコの身体にはただの一つも当たらない。
だが、あまり近付けば相手は教会の枢機卿、体術も術式も恐ろしい。
焦燥が限界まで達した中、一人の盗賊が矢を撃ち尽くす。
そして、馬を降り、偃月刀を手にフランコに突貫する。
振り下ろされる刃をフランコが両の掌で器用に挟んで受け、その金的に前蹴りを入れれば、盗賊は泡を吹いて悶絶し、持っていた刀がフランコに渡る。
「ふふふ、まぁ、矢を叩き落とすくらいなら、刀を使った所でヴァーチューに支障はない」
今まで避けていた矢の攻撃をフランコは曲芸のように、刀で叩き落とす。
二人、三人、四人と矢を撃ち尽くした盗賊が増えるが、最初の一人のように闇雲には突進してこない。
誰かの矢が当たることを期待しているのか、それとも同時に突貫する者が増えるのを待っているのか。
盗賊団の中の一人が、叫ぶ。
「先に騎手を血祭にあげろ」
それに呼応し、フランコの横を擦り抜けようとした馬に乗った盗賊の行く手を阻んだのは、治対の術式使いの一人。
ウォータ・アローで正確に馬を射抜けば、乗り手はそのまま空中に放り出され、背中から落ちて重症を負う。
・・・
アイシャが目測で縮む距離を見極め、船員とシャアリィに指示を出す。
「皆は海に投げ出されないように、船倉の中に退避するんだ」
「シャアリィは、フルチャージ開始!」
もしも、帆を畳んでいなければ、大惨事間違いなしの突風が甲板の上に吹き荒れる。
フローズン・キャノンのチャージが始まった。
周囲は海上、濃密な水の精霊が氷結術式に力を貸す。
シャアリィは螺旋杖を天に向け、竜巻が起きる場所を自分の真上に集める。
翻るローブとスカート、上昇気流を受け真上に向かって靡く柔らかな金色の髪、船倉からその姿を見ていた者がその神秘の様子を口にする。
「破壊を司る天使・・・」
金色の瞳が、真っすぐに敵を見据え、殺戮の瞬間が秒刻みで近付く。
「五・・・四・・・三・・・二・・・」
敵艦までの距離百七十メートル。
シャアリィは螺旋杖を一列に並んだセブール捕鯨艦に向けた。
「一・・・砲撃!」
尋常ならざる速度で、硬質な氷結音を奏でながら海上に一筋の氷の道を刻む無慈悲の氷塊。
最初の一隻を粉微塵に砕き、二隻目を吹き飛ばす。
そして、三隻目さえもが原型を留めることもなく、海の藻屑と成り果てる。
「完全破壊だね」
「さすがアイシャ、完璧な砲撃タイミングだったよ」
観測手が、声を震わせながら船倉にいる船員に結果を知らせる。
「敵艦隊・・・消滅、生存者・・・確認出来ず」
氷結した海面が波に飲まれ消え失せれば、最初から何もなかったかのように青い海がそこに広がっていた。
波の合間に漂流する夥しい木片が時間と共に沖へと流される様は散花のように儚い。
「これが、ドラゴン・スレイヤー、琥珀のシャアリィ・・・」
恐るべき破壊を成した少女は、可愛らしく、甲板の上でくるくると優雅に回る。
そして、相棒の真っ白な少女と戯れながら、チョコレートを口に放る。
「へへへ、やってやったぜ」
少し舌足らずな言葉と満面の笑顔。
この瞬間は、マーメイド商会の船員たちの記憶に深く刻まれた。




