眩しく、愛おしい世界
翌日、踏破記念治癒院。
この世界で治癒師が治せる病気は数少ない。
一般的に聖光術式、光魔法、治癒術式などと様々な呼び名で呼ばれる、陽根源転換術式。
それが及ぶ範囲は限られているのだから。
血管や皮膚の代謝を加速させて修復、痛覚神経を阻害して沈痛、代謝を抑制して解熱、毒素を分解して解毒、つまり、原因がわからないことにはまったく無力なのだ。
原因が分かったとしても、蟹病みのような治療不能の病気もある。
蘇生は殆どの場合失敗し、成功しても代償は大きい。
脳機能障害による記憶喪失、身体麻痺、代謝の不全や暴走、命を繋いだことによって死ぬよりも苦しい思いをすることも少なくない。
治療を続けるよりも、緩やかで安らかな残りの時間を過ごす。
その目的施設がホスピスだ。
元冒険者ギルド・マスター、類稀なる四属性術式の使い手、ロートシルト・エイヒム。
ホスピスの一室に、入院して数か月。
体調の良い日には、身内の見舞いや面会者も絶えないが、死を待つ身では心の憂さがすっきりと晴れることもない。
「よう、おっさん、今日の調子はどうだ?」
「痛みが酷いようなら、沈痛しとくぜ?」
わざとぶっきらぼうに振舞うエドワード。
「今日は、懐かしい奴が面会に来てる、沈痛したら眠くなるから、後にしようか」
「入っていいぞ」
と、エドワードが声を掛けて入室したのは、シャアリィとアイシャだ。
「やぁ、ギルマス、予想以上に老い耄れているじゃないか?」
「楽しい土産話が沢山あるんだが、お喋りは出来そうか?」
と、アイシャが問えば、苦笑の表情でロートシルトが答える。
「来てくれたか、いよいよ私も年貢の納め時みたいだ」
「冥途の土産という奴を頼もうか」
シャアリィとアイシャは、教皇争奪戦から最近の経緯まで、楽し気に語る。
時折、ロートシルトも声を出して笑い、語らいを楽しんだ。
「アイシャ、あの時は色褪せていると言ったがね、今はこの世界がとても眩しく、愛おしい」
「死ぬのは確かに残念、苦々しさで胸が焼ける」
「だからこそ、最後くらい笑おうと思うんだよ」
「私は、お前たちが羨ましかったのだ」
「振り返れば、私にも誇れるものがあるというのにね」
「この世界に生まれ、生きて、志を繋ぎ、死ぬ・・・遣り残しなどない」
「他人の人生を羨むことなどない、それがわかった」
アイシャは頷き、シャアリィは微笑む。
「百年近くも生きたんだから、最高じゃない?」
「先に往ったみんなも待っててくれるんだし」
「あっちにいった所で、こっちと大して違わないかもよ?」
シャアリィの言い分に、ロートシルトは一筋の涙を流す。
「ああ、きっとそうだね」
「沢山の土産話をありがとう」
「私は生まれ変わっても、また、冒険者になるだろうな」
「お前たちの冒険譚を聞いたら、ますます、やりたくなってきた」
さて、と、エドワードが涙を駄々洩れにしながら、
「おっさん、沈痛術式を使うよ」
「楽になれば、眠ることも出来る」
「寝酒のようなもんだ」
少し掠れた震える声でそう告げれば、ロートシルトは小さく頷き、エドワードは術式を穏やかに詠唱する。
ロートシルトが目を覚ますことはなく、その日の夕暮れ静かに旅立った。
その墓標は、ザックの傍。
ギルドマスターになっても、彼の心はずっと冒険者だったのかも知れない。
――― 死の先など誰にもわからない。
怯えるのも仕方ないが、怯えても仕方ない。
ならば、笑おう。
無理をしてでも、涙が零れても。
それこそ、新しい冒険の始まりだ。




