術式の性能差
安息日、午後二時、アーシアン武芸闘技場。
一万人弱の観客を迎え入れることが出来る、最大規模の円形コロシアム。
先日の教皇崩御により自粛ムードだった街の人々にとって、今回の催しは誰もが待ち望んだ血沸き肉躍るような対戦。
何しろ、アーシアン迷宮を踏破した英雄が、人々の間で恐怖の対象となっている『受難の聖女』と戦うのだから興味を持たぬ者などいない。
コロシアムに入りきれない者は遠見櫓から望遠具を用いてまで見たい最高の娯楽。
否、娯楽の域を超え、人々の希望を賭けた一戦と言っても過言ではない。
誰もがシャアリィの勝利を願い、声高にそれを叫ぶ。
『受難の聖女』を打破出来る者がいなければ、人々の心の安寧は揺らぐ。
当の本人たちは、そんな民衆の気持ちなど知ったことではないのだが。
シャアリィは、それ以前に、そんなことまで気が回る余裕などあるはずもない。
近寄るだけで本能的な拒絶さえ感じる、そんな相手なのだから。
自分達が命を賭して討伐したドラゴンを、無傷で捕えるような少女。
否、少女の外見をした兵器。
拡声魔具から、対戦者の紹介が為される。
「二つの迷宮を踏破、四つの名有りを葬り、たった二人でドラゴンをも討伐したアーシアン史上最強の冒険者、その名は・・・シャアリィ・スノウ!」
万雷の喝采が響き、皆がシャアリィの名を呼ぶ。
そして、勝利を願い、それを声高に叫ぶ。
「火炎竜を従えた鮮烈な登場は記憶に新しい、中央大教会の守護者、先代教皇から与えられし称号は『混沌』、その名は・・・『受難の聖女』リーシャ・セロニアス・アビス!」
沈黙の中、対戦観覧席のワイズリートの拍手のみが小さく響く。
「仕方ないとは言え、嫌われたものだね・・・それを含めての『受難の聖女』」
「あの子の行く先は、何時も苦難に満ちている」
「私が背負わせた業なのだから、私だけは彼女の味方だ」
ワイズリートが侍従の者に言った言葉は、コロシアム中央に立つリーシャには届かない。
だが、そんなことはリーシャも承知の上。
自らの運命をワイズリートに委ねた時から、二人は共にある。
集団戦をも想定した石畳の闘技舞台は、四方百メートルもの広さ。
術式使い同士故に、最初の定位置は中央から二十メートルづつも離れた場所。
つまりは、相手の表情さえも見分けがつかない程の四十メートルという間合い。
シャアリィは螺旋杖をリーシャに向け、リーシャは無手の右の指先をシャアリィに向ける。
拡声魔具を手に持った立ち合い人から、対戦のルールが案内される。
「禁止術式は、召喚獣、即死術式と段階的致命術式」
「勝負の決定は場外、失神、降参、その他の戦闘不能状態」
「反則行為は、勝負中の他者の直接介入、術式補助」
「立ち合い人の裁定による中断の場合には、優勢だった者を勝利者とする」
「あくまで術式競技を目的とし、相手を死に至らしめた場合には敗北とする」
そう、これは殺し合いではなく、手合わせなのだ。
それを信じていなければ、シャアリィはこの舞台には登れない。
「では、開始まで、五・・・四・・・三・・・二・・・一・・・」
「開始!」
響き渡る銅鑼の音、義姉妹による戦いが始まった。
シャアリィの術式の多くは、射程十メートル未満。
前に出ないことには始まらない。
杖を構えたまま、ゆっくりと中央に向かう。
突如、小さな唸りを伴った何かがシャアリィの左肩を撃ち抜く。
それは、リーシャの指先から放たれた長距離狙撃術式。
『カオス・バレット』
その一撃で、シャアリィの左肩が赤く染まる。
何が起きたのか、シャアリィにはわからないが、本能がそれをリーシャからの攻撃と判断した。
走らなければ狙い撃ちされる、そう、判断したシャアリィはリーシャ目掛けて走り出す。
リーシャは指先を天に向け、何かを呟いた。
そして、指先が三度、何かの反動を受けたように揺れた。
シャアリィは理解する。
上空から三連撃のカオス・バレットが来る、と。
先程の一撃で、朧げに掴んだ術式弾の速度。
それに合わせて、右へ左へと進路を変える。
シャアリィの動きに一呼吸遅れて、石畳に術式が正確に着弾する。
その弾道・・・追尾式術式!?
段違いの術式性能差、シャアリィは走りながら、補助術式を詠唱。
「俊足を!」
「報復を!」
距離十五メートル。
そうだ、術式使いと戦う時には、何時だって距離が最大の敵だった。
リーシャが待ち受けるように胸の前で、腕を交差させ、呟きと共に腕を開く。
胸の高さでシャアリィに向かって飛んでくるのは、漆黒の刃。
『カオス・サイス』
それは回転しながら、シャアリィの前進を阻む。
シャアリィは、上半身を後ろに反らし、反射で躱すが刃の速度が尋常ではない。
重力に遅れて落ちる前髪、シャアリィの鼻先数センチ上を刃が通過。
前髪の一部がばっさりと切断され、その威力が下手をすれば致命であると理解した。
その直後、リーシャの髪の一部が毟り取られるように喪失する。
一瞬のうちにリーシャは、シャアリィの反射術式を看破。
「ふふっ、髪の一房とは言え、私を傷つけた者は初めてよ」
「さすがは、琥珀の姉様」
「良い術式を持っている」
「さて、次は何を見せて楽しませてくれるのかしら?」
リーシャは楽しそうに笑う。




