ジョルジアット・フランシスコ
その少年は優しく、聡明で、正義感が強く、信心深かった。
少年の憧れた父は司教、その先代も、その先代も。
長く続く家系を辿れば、枢機卿、教皇にも連なるフランシスコ一族。
神の無慈悲を初めて味わったのは、兄の死。
何の前触れもない原因不明の突然死。
今ならばわかる、それは急性の心不全であったと。
だが、当時のジョルジアットには受け入れ難い喪失だった。
彼は努力というものと無縁だった。
学問も、運動も、理屈を覚えればスポンジのように全てを吸収する。
だからこそ、他人の痛みを理解出来なかった。
痛みは自分だけのものだった。
自分を基準に考えれば、誰もが怠け者に見え、誰もが愚か者に思えた。
同世代の者とは話も合わず、女性ばかりが自分を慕い近付いてきた。
何故、と、考え、それが自分の容姿に理由があると理解すれば、女性への興味さえも失った。
彼の時間を満たしたのは、書物。
特に好きだったものは歴史書と治癒術に関するもの。
それを読み耽る時だけは心が躍った。
いずれ、自分も聖職者になると決めていた。
そして、運命の日。
彼はマーヴェリック事件の真相と、自分の家系がそれに加担していた現実を知る。
祖父の日記・・・それが彼の歯車を狂わせた。
自分が目指す聖職者が、教皇の命に従い殺戮を犯していたことを知れば、自分の心の容れ物が何故かぴたりと埋まる実感があった。
正義という薄っぺらな枷を自ら外し、酒を覚え、自由に振舞うことで満たされた。
気に入らなければ殴ってわからせればいい、邪魔ならば蹴飛ばせばいい。
何度も衛兵所に世話になったが、家柄のお蔭で大した罪にも問われない。
しかし、ついには暴力にも飽きてしまった。
何も残っていない陰鬱な日々、不意に巡り合ったのが、クリムゾン・アレクサンドル。
年の離れた聖職者に魅了された理由は、その狡猾さ。
そしてアレクサンドルも気付く、ジョルジアットの類稀な才能に。
「神学校を卒業し給え」
その一言は啓示。
所詮、自分には人殺しの血が流れており、信仰など救いにならないと諦めていた人生の一筋の光。
たとえ祈りでひとが救えなくとも、治癒術ならば救える。
そして、自分にも、その能力の素養があるならば、修道士になることに迷いはなかった。
沢山の人間と触れ合ううちに感情は豊かになり、沢山の死に立ち合えば顔に出さずとも心の痛みを覚えた。
この世界は無常。
弱き者は濁流に浮かぶ一枚の木の葉。
世界の真実を知れば、なんという偽善、なんという出鱈目、如何様。
それでも、おかしなことに人は自分の祈りで救われる。
ああ、神とは罪深い幻想。
でも、それでいい。
人々だって自分を信じているわけでなく、信頼の根源は聖衣と十字架。
そう思えばお互い様だ。
悪党とも上手く付き合い、結果良ければ世は事も無し。
飄々と淡々と暮らしていれば、出世の道は思ったよりも近かった。
アレクサンドル譲りの狡猾さは、彼の人生の教訓だ。
まずは疑え、それから疑え、疑い続けて、最後に嗤え。
そして、二度目の変革の日。
金色の瞳の少女が、彼の心を揺さぶった。
久しく忘れていた善なる心を思い出した。
だからこそ、迷う。
そろそろ本物の聖職者になっても良いのでは、と。




