アダージョ(ゆっくりと)
最初の玄室は素通り、三叉路を右、そして左の玄室に入室。
けたたましくなる警報の音。
「大丈夫、このアラートはわざと踏んだから」
アイシャの表情は冷静そのもの、シャアリィは別に怖がってなどいない。
むしろ、その逆。
玄室に乱入してくる四つもの魔物のパーティ。
シャアリィは初めて見る、人間型の魔物。
「こいつらは人であって、人ではない」
「遠慮なしに潰して構わないよ」
それを聞いたシャアリィが、まずは数を減らそうと、
「薙ぎ払え!」
鳩尾の高さで、エレメンタル・バーストを一閃。
初撃を見舞うこともなく前列の近接型の魔物を焼き尽くす。
直後見えた詠唱陣、当然、ジャミングで阻止。
アイシャは、一瞬の隙を突き、剣先を少し後ろに引いて、横一直線に撫で斬る。
アイシャが折り返す前に、シャアリィがアイス・ブラスト。
残存を丁寧に一突きづつ、きっちりと留めを指すアイシャ。
「さすがに、この連中の魔石は取り出して置こう」
「結構、いい値がつくんだ」
シャアリィは疑問を口にする。
「人であって、人でないってのはどういうこと?」
「見るからに人間の死体なんだけれど」
そういうシャアリィの足元で、さっきまで人であった骸が獣に変わっていく。
「メタモルフォーゼさ」
「人間に化ける獣の魔物、今時、こんなダサいローブや帽子を被った冒険者なんていないでしょ?」
「こいつらの知識は、全然、アップデートされてないから、笑っちゃう」
そう言われれば、随分と古風な恰好だった、と、先ほどのことをシャアリィは思い出す。
・・・
十字路を目の前に、アイシャの脚が止まる。
「ターン・フロアだよ」
「通り方は覚えてる?」
シャアリィは頷き、アイシャが先に床に乗る。
くるりと回っているのに、その瞬間は目には映らない。
だが、アイシャの身体は左向き。
「こっちだね」
と、正解の通路に降り立って、シャアリィも又、回転床に乗る。
「ほんっとに、これ、面倒だよね」
アイシャは苦笑しながら、
「六階層は五階層までとは、まるで別物でしょ」
シャアリィの脳裏に過るのは、あの悪辣な『右耳の迷宮』。
アイシャの耳が敵の移動を捕え、ぴこぴこと動く。
「次の角を左なんだが、そうすると前後から挟み撃ちか」
「この場で待機して、片方を片付けてからのほうがいいね」
「出会い頭は厄介だから、もう少しだけ下がろうか」
この階層、索敵に優れた斥候なしではかなり危うい。
もし、あの時、シャアリィが五層でフローズン・ドラゴンに出会っていなかったなら、このフロアがシャアリィの死に場所になっていたかも知れない。
余計なことを首を振って忘却し、シャアリィは会敵に備える。
「来た!」
アイシャが口にせずともわかる。
その魔物は、タウロス。
二列の隊列はキャノンにとって最高の的。
「砲撃開始三秒前!」
魔法風と共にシャアリィが宣言すれば、アイシャは射線から速やかに退避。
「一・・・砲撃!」
たったの三カウント、しかもウォーター。
普通ならば、たかがウォーター・ショット五発分相当の軽い術式だが、ヘリントスの螺旋杖から放たれる魔力、それにレベルアップしたシャアリィの魔力が相乗する。
その威力はタウロスの群れを飲み込み、壁に叩きつける動く水の障壁だ。
十体のタウロスを悉く行動不能にせしめるだけの暴力!
そして、アイシャの彗星棍が唸りを上げて、行動不能になったタウロスの頭蓋を正確に一撃で破壊。
「よし、正面の三叉路まで出て、もう一つの群れを強襲だ」
「魔石の回収は後回し、いいね?」
アイシャの指示に従い、通路を小走りに移動する。
そこにいたのは三体のバイコーン。
「逃がすな!」
というアイシャの掛け声で、シャアリィはエレメンタル・バーストを選択。
狭い通路に合わせ、器用に杖を左右に揺らせば、射程十メートルの切断光線からは逃げられない。
まるで積み木を崩すように、バイコーンの身体がバラバラになる。
アイシャが再び索敵に入り、獲物の接近がないことを確認。
「私は、バイコーンの先に魔石を回収してくる」
「シャアリィは、その変に転がってるタウロスの奴を頼む」
一見、無駄のない役割分担だったが、二人の距離が僅かに離れた、その時、先ほど通った通路の遥か奥から、身に覚えのある冷気が奔る。
「アイシャ、奴が来た!」
「戻ってきて」
その声に反応したアイシャがシャアリィの元に駆け寄ると、二人の眼前にいるのは、あの赤い瞳の凶獣!
「フローズン・ドラゴン!」
その名を口にしたのが、戦闘の合図だった。




