気前の良い花と酒
既視感を覚える大聖堂の鐘の音。
ジルノワールの中継点では宿探しに失敗し、キャラバンの客車で眠る羽目になったが、それ以外には大きな問題もない。
最初に向かうのは、やはり花屋。
ちょうど通り道に酒屋もあるのだから好都合。
今回は意を決して、アイシャが花束を用意する。
「大きな花束を五つ、真ん中は白い大輪の薔薇で」
口に出してみれば、心の靄が晴れたような気がした。
復讐の暁などを待たずとも、シャアリィのように今、出来ることをすれば良いのだと。
「おや、随分久しぶりだね?」
「また手向け花かい?」
「こんな気前の良い花束は滅多にないから覚えていたのさ」
「でもね、ずっと、こんな花束を贈る必要はないんだよ?」
「いずれ痛みが癒えて、忘れることこそが死者の願い」
「私は、長いこと花屋をしてるけれど、そう思うんだ」
花屋らしからぬ老婆の物言いに、シャアリィが笑う。
「お婆さん、商売なんだから!」
「でっかい花束買わせておけばいいのよ?」
花屋の老婆もくすくすと笑って、
「私も、お墓も、生きているひとのためにあるんだもの」
「やっぱり邪魔になりたくはないわ」
と、少し寂しそうに笑った。
・・・
昼下がりの墓地は、強い日差しのコントラスト。
その片隅にある五つの墓標。
なんのかんの言っても、ここに花を供えるのは、シャアリィとアイシャしかいない。
嵐の夜に命を繋いだ度数の高いジン。
贅沢過ぎるような大きな花束。
「たまにしか来ないんだから、これくらいさせてくれ」
「皆、ずっと待たせてしまったが、いよいよ、宿敵を倒す時が来た」
「あとは私が土壇場でコケないように見守っていてくれ」
「パーティメンバー勢揃いは、もう少し先の話になるよ」
アイシャは笑顔でマッカーシー・パーティの墓標と語らう。
「討伐に成功したならば、私から赤い薔薇をプレゼントするよ」
「そろそろ常世の人生にも彩が必要でしょ?」
「ちょっと場違いかも知れないけれどね」
シャアリィは死者と約束を交わす。
墓地に背を向け行く先は、アーシアン冒険者ギルド。
凱旋の時だ。
もう、小娘と笑わせはしない、逃亡者と蔑ませはしない。
それだけのものも積み上げた。
「お久しぶりです」
と、アイシャが受付嬢に声を掛けると、生唾を飲み込む音が聞こえた。
「アイシャさん、シャアリィさん」
「迷宮踏破、と、ネームド討伐、アーシアンにも届いていますよ」
「本当に強くなられたんですね」
素っ気なく返事をするアイシャは、既に周囲を観察中だ。
「ああ、難儀だったが、今日まで生き残ってる」
「告知伝票を貰ってもいいかな?」
その貫禄に圧されるように、受付嬢が伝票を手渡す。
「私達は、明日よりアーシアン迷宮の探索に戻る」
「目標は勿論、迷宮踏破」
「その過程の中には氷結龍殺しも含まれている」
「誰かがうっかり紛れ込んで犠牲にならないとも限らないから、前以て告知しようかな、と」
受付嬢はやたらとアイシャの後ろを気にしている。
「他のパーティ・メンバーの方は?」
シャアリィがへらっと笑って、
「いると思う?」
と、常識と非常識の入り混じる問い返し。
受付嬢は理解したらしく、
「お二人ともお気をつけて」
「アーシアンの迷宮探索は、殆ど進んでいません」
「長い期間、中層域より下層は封鎖されておりましたので」
二人はにやりと口角を吊り上げ、
「それは結構」
と、嗤った。




