トルネード・ハウンド
予想外の難敵と遭遇したものの、身体的な被害もなく、翌日、また四層から仕切り直し。
術式封鎖の先制攻撃という痛恨のアクシデント。
何処まで強くなっても、完璧にはなれないと思い知る。
相手がただの術式使いならばアイシャの敵ではないが、凶悪な爪と牙を持ち、さらに俊敏な獣ならば、獣化が最も有効な選択肢であったことは間違いない。
アイシャの獣化のメリットは、身体能力の驚異的な底上げ。
デメリットは卓越した武術の放棄と、著しい体力消耗。
少数相手、短時間の戦闘ならばこそ可能な戦術であり、相手がもしも群れだったならば、あの局面は万事休すだった。
迷宮に潜む魔物とは、最悪の場面、最悪の相性で遭遇することもある。
あのフローズン・ドラゴンのように埒外に強くなくとも、相性というものは致命的な要因となる。
一瞬の判断で鬼札を切ることをアイシャは決めたが、本当の正解を示すならば、シャアリィが玄室から脱出することが極めて正しい。
アイシャ一人であれば、サイレント・ジャガーなど少々手強いだけの的でしかないのだから。
その隙があったかどうかは、当事者にしかわからない。
二人だからこそ勝てる局面もあれば、二人だからこそ致命的な場合もあるという皮肉。
一日に満たない空白では玄室の魔物は回復せず、四つめの玄室からの仕切り直し。
次なる敵は、
『トルネード・ハウンド』
上級術式を使う、二本首の大きな猟犬。
昨日の今日で、随分と珍しい敵と遭遇する。
こちらのほうがサイレント・ジャガーよりも遥かに強い。
だが、シャアリィにしてみれば昨日に比べれば楽勝としか思えない。
ただ、トルネードの術式の厄介な所は、術式を消しても真空刃が残ること。
もしも、術式の展開を許したならば、アイシャの武具で真空刃を破壊する必要もある。
絶妙なコンビネーションを必要とする狩りだ。
アイシャの身体を擦り抜けるように杖を伸ばし、そこから放たれるバレット四連撃。
トルネード・ハウンドが、それを躱し、術式展開の為に停止する。
「来るぞ」
と、言うアイシャの合図でシャアリィがジャミングを用意、詠唱陣の発生と同時にジャミングを発動させる。
「消えろ!」
シャアリィの短縮詠唱を合図にアイシャが駆け抜け、最大射程の彗星棍で左の首を打ち据える。
頭部目掛けて振るわれる右前脚の一撃をアイシャが棍で凌ぎ、その間に距離を詰めたシャアリィからアース・ランスが放たれる。
胴を串刺しにされ二つの口から血反吐が吐き出された。
アイシャは左からバックブローのようにハウンドの重心の乗った脚を根庫削ぎにする。
転倒しながらも、二度目の詠唱陣を発動させるハウンドだが、その詠唱をシャアリィが許さない。
ジャミングによって又も詠唱陣が飛散する。
アイシャが三節棍を放り、鵺斬を抜刀、右の頭部に袈裟斬りを浴びせ、それを見たシャアリィは至近距離からのエレメンタル・バーストで、左の首を斬り落とす。
両方の首の脳機能を奪われ、トルネード・ハウンドは横倒しになると、まるで草原を駆けるかのように、四本の脚を忙しなく動かした。
折れた脚は、その反動で千切れて飛んだ。
ほんの数十秒、死のダンスは続き、あとはただ痙攣するのみとなったハウンドの二つの頭から、魔石を抉り取る。
多頭の魔物はその生命力を維持するためなのか、頭部に魔石があることが多いのだ。
一つの頭が潰れても、もう一つが残れば命だけは繋ぐことが叶うという儚き望みなのか。
「これはなかなかに期待できそうだね」
と、二つ揃えたハウンドの魔石を見てシャアリィが呟く。
昨日のサイレント・ジャガーの魔石と別にハウンドの魔石も、お取り置きだ。
「しかし、よく中層でこんなえげつない魔物を召喚しているな」
「アーシアンなら六層辺りの強さだよ」
愚痴のように吐き捨てたアイシャの言葉。
イルオールドの迷宮に殆ど罠がない理由。
そう考えたならば合点もいく。
他の迷宮が罠に使う魔力を、この迷宮は魔物の召喚に使っているという仮説。
その後も、ドライアド、レッサー・ワイバーン、ゴースト・メイジ等、錚々たる強力な魔物と遭遇したが、トルネード・ハウンドが、今日一番の強敵だった。
通路では一層の玄室で遭遇するバンシィが群れで徘徊し、乱獲にお誂え向き。
雑魚とは言えない程度の魔物を狩り尽くして、さらに九百近い魔石を得た。
これで積み増した魔石の数は、三千四百。
又しても回復までの中休み。




