閑話:東方の鍛冶職人の流儀
今更街に戻った所で、空いている宿は売れ残りの部屋。
ミヤマの屋敷の客間に通され、少し遅い夕餉まで頂くこととなった二人。
『頂きます』と、食事を前にして、掌を合わせて必ず言う言葉は、『生命を頂く』という意味らしく、この屋敷の誰もが必ず唱える。
掌を合わせるという行為は、東方の島国では神聖な仕草である。
「みそ?しる?」
大豆を発酵させた調味料のひとつで、ミヤマの屋敷ではポピュラーな食材。
アイシャは慣れたものだが、シャアリィは初めて味わう味覚。
「かつおだし?」
どういうことかわからないが、恐ろしく食欲を唆る魚のエキス。
「焼き魚」
文字通り塩をまぶし焼いただけの川魚だが、その香りの香ばしさと魚自体の旨味に絶句する。
「つけもの?」
野菜を塩漬けにして発酵させたもの、酢漬けのピクルスよりもあっさりしていて食べやすい。
これがミヤマの屋敷の普段の食事。
棟梁から丁稚に至るまで、皆が同じものを食べる。
厳しい上下関係の職人の一族だが、それが仕来りというものらしい。
皆、ライス一粒残すことなく、一人分として出された食事を平らげる。
好き嫌いは許されない。
食が細い者は前以て伝え、食事を残さぬように気を付ける。
腹八分という習慣から、満腹になるまで食べるような者はいない。
それでも出てしまう廃棄物は、畑に還元されて肥料となる。
東の島国は、実に効率的な配慮に満ちている。
「箸」
一対の棒状の食器で、これひとつであらゆる食事をするが、フォークのように突き刺して使うことは禁忌である。
この食器だけは上級の職人、棟梁には個人専用のものがある。
その理由は極めて単純、趣味を許される身分かどうかということだけ。
客人以外は皆、同じ風呂に入る。
時には温泉のように多人数で入ることもある。
そうすれば、手間が減り、資源の無駄使いも無くせる。
衣服にしても、『おさがり』という習慣があり、年長の者から幼い者に衣服が譲り渡され、手直しを加えて着回し、最後には端切れとなり掃除等で使う布になる。
とことん物を大切にし、自然を愛する一族の生き方を垣間見て脱帽するシャアリィだった。
・・・
翌朝、早朝。
中庭で、若い職人たちが武芸の稽古をしている。
全ての者が達人というわけではないが、皆、それぞれ真剣に取り組んでいる。
自分の腕で武具を扱い、使い手の気持ちを知るのが目的なのだろう。
木剣を振る音が勇ましい。
ひと汗かいた後、朝餉が始まる。
「ライス」「みそしる」「小魚の佃煮」「のり」「つけもの」。
基本的に一日三食、あまり変わり映えはしないが、不思議と飽きがこない。
稀に「そば」や「うどん」というヌードルが提供されることもあるらしいが、それは主に昼餉の際のこと。
割烹で味わうような美食は、年に数回。
他の市井で見られるような収穫祭、或いは棟梁の誕生日、その他祝い事の時に限られる。
ミヤマの根底にある『禅』という教えは、兎に角、ストイックで無駄がない。
朝餉が終わると、いよいよ鍛冶の仕事が始まる。
皆が持ち場に着き、様々な仕事に取り組む。
ミヤマの武具は細部に至るまで分業制であり、鞘を作るものはそれを専門とし、握りを作るものも、刀身を打つものも、あらゆる専門分野に『頭』と呼ばれるリーダーがいる。
棟梁は『頭』を束ねる者であり、全ての作業に通じている必要がある。
故に棟梁の候補として選ばれた者は、若いうちから、分業する全ての分野を回り、知見や理解を深めなければならない。
クサカベ衆は一族の中でも特別な存在であり、姓を名乗ることを許されている。
言わば分家のミヤマであり、ミヤマの暗部をも担う。
忍びの術に長け、戦場さえも暗躍する。
現在の棟梁、タダオミ・クサカベも齢九十を過ぎ、そろそろ代替わり。
しかし、影に生きるクサカベには襲名式もなければ、葬儀もない。
これが名匠ミヤマという一族。
そして、その流儀。




