最後の仕上げ
『黒猫のテラス』に辿り着いた時には二人共酷い有様だった。
アイシャドウは剥がれ、ファンデーションには涙の跡がくっきりと残り、傍目から見ても大泣きしたのが目に見えてわかる。
『黒猫のテラス』の一流の接客は、二人に蒸しタオルと小さな手鏡を用意してくれた。
奥の目立たない席で、申し訳程度には化粧直しも完了。
流れ出てしまった涙を取り返すように、シャアリィはウォッカ・トニックをオーダー。
アイシャも又、ジン・ライムを頼む。
あとは楽しい酒を飲むだけとばかりに。
「さて、一息ついたことだし」
「私達は私達の時間に戻ろう」
「何時までも悲しんでばかりもいられない」
それはシャアリィも同感だ。
「ワイバーンは魔石が魅力だけれど、よく考えたら必要性がないよね」
「アイシャのスキル取得に使うなら、質より量」
「アイシャのレベルを考えたら魔石の数って多分、千は絶対に必要」
「二千でもおかしくないんだから」
「その数に見合うワイバーンだと、数百体狩らないとでしょ?」
シャアリィの指摘通りで間違いない。
「そうだね、レベル上げも兼ねてだったけれど、既にエンダーベルトでかなり上がった」
「迷宮か、それとも手近なフィールドか・・・」
「密度から考えれば、やっぱり迷宮だね」
じゃあ、決まりだ、と、二人は身軽に腰を上げる。
・・・
アイシャの要望通り、十六階建ての高層建築の屋上に来た。
あの日と何も変わらない風景。
目につくのはミヤマの屋敷だけ。
「天国ってさ」
唐突にアイシャが話し始める。
「教会の説法じゃ雲の上にあるんだってね」
「でも、旧世界人類の書物では、雲の上にあるのはただ闇の空間」
「その遥か彼方に、あの太陽があって、夜見ると綺麗な月があって」
「そのもっともっと遥か向こうに夜空の星々があるんだって」
「天国って本当はどこにあるんだろうね?」
シャアリィは冷たい風に吹かれながら、アイシャの郷愁を悟った。
「私達の知らない場所だよ・・・」
「きっといい所なんだろうね?」
「誰も帰ってこないこと考えたらさ」
「私達は残念だけど、そこには行けない」
「多分、ミヤマ先生もそこにはいないよ?」
アイシャはくすりと笑って、シャアリィと指を示しあう。
「こんなに業が深いんだからね」
シャアリィが続ける。
「でも、いいじゃん」
「地獄でも何処でも、さ」
「私はアイシャに付き合ってあげるし、アイシャも私に付き合ってくれるでしょ」
「死んでみなきゃわかんないことは、死んでから考えよう」
二人の旅の締め括り。
「イルオールドの迷宮で乱獲だ」
「魔石五千個、私が私であるために」
「二人の自由を取り戻すために」
「最後の仕上げをしよう」
アイシャの宣言に、シャアリィは螺旋杖をくるくると回す。
「ファンファーレは私にお任せだよ」
「ザグレブホーン仕込みの殲滅、見せてあげるからね」
迷宮さえ崩落させなければ、好きにすればいい。
と、アイシャは笑い、シャアリィは飛び跳ねる。
風に踊る髪は、もう、肩まで伸びた。
休暇を満喫して向かう先はイルオールドの迷宮。




