命の灯
数日後、ランドウは床に伏せる。
棟梁という役目、鍛冶師という仕事を終えた今、命の炎を再び燃やすものはない。
食事はおろか、好きだった酒も飲めなくなり、その顔は日に日に窶れる。
「今日は雨か」
「湿っぽいのは嫌だね」
一日のうち数時間、看病に着かせてもらっているアイシャに、ランドウが語り掛ける。
穏やかな優しい声に、アイシャが凛とした声音で返す。
「ええ、私も雨は好みません」
「明日は晴れると良いですね」
「もしも、晴れたなら日差しのある時に縁側でお茶でも如何でしょうか」
「お好きなものがあれば、茶請けに用意します」
ランドウは小さな相槌を打ち、
「それは良いね」
「明日を楽しみに少し眠るとしよう」
「アイシャ、老い耄れの世話をさせて済まないね」
アイシャは、ランドウの掛布を少し持ち上げて、
「私が好きでやっているのです」
「お気になさらずに、何でもお聞かせ下さい」
「では、おやすみなさい」
ランドウの目が閉じるのを確認した後、部屋を後にした。
・・・
シャアリィは出来る限り、アイシャとランドウの時間を尊重する。
大切な者の死。
それはその後の人生に大きな影響を残すものだ。
故に、アイシャの心に痛みがなるべく残らぬ様、そればかりを願う。
「ランドウさん、具合どう?」
「アイシャもあまり無理はしないでね」
「私に出来ることがあれば、何でも言って?」
シャアリィにそう言われた所で、出来ることはない。
ランドウのことだ、逆に気を使い過ぎても憂さは晴れないだろう。
結局、日常の延長を日々続ける以外にやるべきことも、やらなくてはならないこともない。
寿命。
こればかりは誰もどうすることも出来ないのだ。
だからこそ、残された日に小さな彩りを添えることが大切になる。
もう、ランドウの身体にも心にも燃やすべきものはない。
それは決して空虚という意味ではなく、沢山の出来事、思い出に満たされたもの。
先々代ミヤマに弟子入りして六十年以上の歳月をひたむきに刀剣に注ぎ、先代ミヤマを襲名して四十年という歳月に数多の銘刀を世に送り、新たな棟梁に後進を託し、その生涯が幕を閉じる。
まさに見事な鍛冶師の人生。
惜しむらくは、全てを刀剣に捧げたが故に、夫もなく、子もなく、見送るのが弟子ということくらい。
だが、その弟子は、ミヤマの刀剣で迷宮踏破を成し遂げ、四つもの名有りを葬った至高の剣士に育ったのだから、最早、思い残しもない。
今、ランドウの心の中にあるのは、その弟子との別れを惜しむ一瞬、一瞬の輝き。
ろくに刀も扱えぬ頃から叱り、鍛え、褒め、育てた少女との戯れのような時間。
それが、あと少し、もう少し、続けば良いと、ただそれだけ。
雨上がりの虹が美しく光る朝。
ランドウは静かに息を引き取った。
八十七年、刀剣に捧げた命の灯が薫風に吹かれるように消えた。
その穏やかな死に顔には、憂いの一つも浮かんでいない。
見事な大往生だった。




